庭作業、中断。

終日庭作業予定が、雨。
確か「捨てる!技術」の辰巳渚が「家事とはマイナスにしていく作業」と書いて、
なるほど、私が家事に飽きないのは多分この「マイナス」にする作業が好きでたまらないからだろうと気がついた。
今、庭作業に夢中になれるのは野放図に育ちきった植物たちを少しづつ、少しづつ、マイナスにしていくからで、
私がプラスの作業をするのはこのマイナスを味わいたいからなんじゃないか、と、いやー、何かを「削ぐ」ってのは楽しいよ、
削ぎ落としたあとに何が残るか、その残ったものをどこまで削げるか、そういう「ぎりぎり」にまで行くのが面白い。
一般的に、ものは増やす方が実は簡単、それを減らす作業は実に苦難、でもこの苦難が私には魅力的なんだよなあ、
なんでなんだろう、多分人は死に向かいながらそれでも生きていこうとするからだろう、なんて考えたりして。
それでも生きるのは楽しいんだよね、多分究極の「削ぐ」行為、「死」に至るまで、どれくらい何かを増やしていけるか、残していけるか
人は無意識に考えているもので、だからものを増やす方を人はやりたがる、それでいいんだと思う。
でも「死」以外の自分の手で自分自身を削ぐ、自分が増やしたものを減らす、死に挑戦しているような感覚、これも「生きる」と言うことかな。
庭の話に戻せば植物を適材適所で選んだつもりがうまくいかないものが多くて、
最終的に残ったものが思いっきり図々しく伸びていくのを、あまりにも死屍累々にしてしまった植物たちの身代わりにいとおしんで、
伸びるままに放っておいたら、色々問題が起こったのでやはり庭はある程度整理しないといけないな、
ジャングルは征服するためにある!で、じゃくじゃく切ったり刈ったり、ああ面白い、マイナス行為。
片付けまくって殺風景になったあとに今度は慎重にプラスしていく、これもまた難しくて楽しい、パズルみたいだ。
要は「片付けやすく、手入れが入らない庭」を目指したいと言うことで、まあぎっくり腰にならない程度にがんばるかな。
それにしてもコニファー類は強い、しかし全てをコニファーにすると味気ない、落葉樹も混ぜるべきとは思うが、落ち葉が近隣に飛ぶのがなあ。
うちでは宿根草があまり根づかなかったなあ、意外なものがしぶとく残ったりしたが。
正月までにはなんとかしよう。