日常。

昨日、テレビを付けたら見知らぬ中年(?)女性の画像が。

どこのチャンネルでも同じものが出て、聞いても特段、何も言ってない。

謝っているようで謝ってない、弁護士監修が入ったお見事な演説を

「謝罪!」ともてはやすマスコミとの癒着具合にうんざりしてテレビを消す。

今朝の朝日新聞では「これで幕引きにしてはいけない!」などと

「おま・いう」感のあふれる記事が。読んでないけど。

加害者が死んだ何年も後になって「やだー、知らなかった、うっそー!」

なーんてやってる身内にも反吐が出るが、それ以上に

「見て見ぬふり」をしてきた多くのマスコミが「これは許されない!」などと

えぇ?加害者が生きてるときは許してきたやん、知らんふりやったやん、と

私が若かりし頃からこの手の話は超弱小底辺メディアではよく出てたけどな。

大体、今その手のメディアはつぶれてる。

一番よく知ってる、見ている「集団」が知らんふりをする、

これが最大・最悪の現象であるとマスコミが決して認めぬこのカマトト感よ。

同じことがいつでもどこでも繰り返されて

大分中津の清源法律事務所内での性犯罪事件も、

犠牲者が亡くなった後、加害者還暦過ぎ爺が取り上げられる前に弁護士資格を

迅速に返納したのも、「お前、逃げられないよ」と大分の司法業界の誰かが

耳打ちしたからだろう、そもそも法律事務所経営の停止命令がすぐ下ったのも

この件が大分ではすでに有名で、いつかどうにかなるだろう、と思いつつ

見て、知ってる多くの人間が、何もしなかった、

亡くなった人はそういう集団に見殺しにされていた。死しか逃げ場がなかった。

清源善二郎元弁護士の評判をネットで拾っていくと、

事件が起こる前から評判の良い弁護士ではなかったとちらほら書かれ、

一般市民の間でそんな話が出るくらいだから大分の司法業界では有名だったろう。

でも、今でもほぼ誰も言わない、娘婿が新しい事務所を立ち上げて

「セクハラに強い弁護士!」なんて標榜しているのには笑わされるが

それも大分内の業界ではみんな知っているはず。

弁護資格を停止してもそれまでのコネクションを失ったわけではない舅が

事務所内をうろうろしてそうで、この事務所で司法修習生をしていた女性が

もう姿を消しているのは、見境のない爺がまた手を出したんじゃないか、

なんて考えるなあ。ま、修習が終わっただけだろうが。

「みーんな知ってる、でも誰も言わない」状態が一番被害者にはきつい。

話を戻せば、あれを「謝罪会見!」と騒ぐマスコミに対して

「特に謝ってないやん?」と内容を聞いて感じる人間は私以外いないのか。

あれほど何か言ってるようで何も言ってない、どこの誰にも責任を取ってない

聞くだけ無駄な演説を書いた弁護士事務所がどこか聞きたい。

それも絶対マスコミは出さないんだよなあ、役に立たない連中よ。おわり。