哀しい気持ち。

「晴天を衝け」の最後のコーナーで、なぜかいつも心が沈んで、

先日などは涙がこぼれたので「加齢現象か!」と思ったが、理由がわかった。

「三浦一馬」という演奏者の名前が見えて泣ける。「三浦春馬」に見えるから。

いまだこんなに哀しい気持ちになり、これからもずっとそうだろう。

娘たちと一緒に育った、娘たちを一緒に育ててくれた唯一無二の青春スターと

私は認識している。いなくなるまで、気が付かなかったけれど。

娘たちが難しい年ごろのころ、それでも三浦春馬君を好きであれば大丈夫、のような、

とてもまっとうな、好きになるのが当たり前の存在で、

さわやかな、好印象の存在は今であれば誰に当たるだろう、もう思いつかない。

身を削って見ず知らずの人間に多くのものを与えてくれたがゆえに

短命になってしまった、本当に哀しい事故死で、

過去、ジェームス・ディーンが亡くなった時は世界がこんな思いをしたのだろう。

哀しいのは、彼が思いもよらぬ死を迎えて間もない時に、彼の母親が叩かれたこと、

私はあんなむごいことをするマスメディアを決して許さない。

毒親だった!」「母親の浪費癖が!!」と言ったところで、

何故一人息子を亡くしたばかりの一人親に攻撃できるか、

急に彼の子供時代に別れた父親を出したり、利権争いが見え見えだ。

なんとまあ、日本の芸能界は地獄かと、あらためてよくわかった。

それもあって、今も、これからも、悲しいだろう。

息子を失うほどではないにしろ、その10000分の1くらいの痛みは感じている。

やはり、ただ哀しい。春馬君の在りし日の映像を心穏やかに見れる日は来るか。

見たくても、見られない。辛い。