雑談。

「文春」を買って読んでみたところ、ライターの潜入先はあちらこちらだったよう。
行間から「訴えられた!」怨念が漂って、なんとも。裁判沙汰はしんどかっただろうからしかたがないか。
さて「でぃーえぬえーどっとこむ!」と一時、うるさいほど宣伝していた会社が散々叩かれていて、
その叩いている連中も相当怪しいのが扇動しているので、大きなお金が動きそうですなあ、こわいねえ。
私の嫌いな山本某氏が嬉々としてかの会社のコネクションを暴いたりして、はてなでもありそうなことだねえ、と納得。
ネットメディアの私物化はどこでも多かれ少なかれ、見られるよな。新しい世界でも結局は「縁戚関係」が強いか。
山本某氏がやったようにこれからはてなでネットライターが「わたしこそが業界の良心!」とばかりに炎上狙いの記事がアップされていくんじゃないかな。
でも彼らがやってること自体はさほど糾弾されたメディアと変わりがなかったりして、
つまり、自分がやってることを大規模事業者がやってるのは許せない、
それから、今叩いておくと、「自分は違うんです!」が強調される、
世の中「怪しい人が多い業界だけど、私は違うからね」と言う奴が一番あくどい、の鉄則が定着することはないんでしょうかね。
情報を独占化する怖さをしみじみネットで感じるなあ。
「業界の良心!」「正義!」の「ほこ」に対抗するのはなんだろう?と考えて、
この手の「ほこ」を持つ人は大体左手に「私たちは「かわいそうな人たちの味方」!」の「たて」を持っているので、
最終手段は結局「沈黙」か。
ネットは良質の現実が拾える場ではなくなってくるのかな、生身の声より、誰かに都合のいい本音によく似た虚構とか。
今年の流行語大賞に「にほんしね」があって、さて、この受賞を受け取るのが「はてな」ではなかったのが、なんとも。
あれは「虚構」であったのか、「どこかにいるかもしれない人」とは「どこにもいない人」なのだよな、、
はてなは昔から胡散臭いところだが、その胡散臭さにお金の匂いが混じるようになったので、誠にありきたりのゲスい場所になったものだ。
雄弁な嘘に対抗するのは完全なる沈黙か。
トランプの票読みを外したのはこの沈黙だったか。やはり雄弁より沈黙が強いな、たぶん、ネットでも同じことが言える。
個人に都合のいいことはずっと続くものでもなさそうだ。