雑談。

「若者の性交経験率 低下の背景は」という朝日新聞の記事を読んでしみじみ思ったのは、
セックスなんてしたいときにすればいいんであっていつするべきか、なんてことを大人に管理されたくないね、
とは、若者は言えないだろうな、、で、今時の若者が慎重、かつ、真面目であることに何の文句があるのやら。
20年以上前に若者だった私は当時の阿呆どもが何をやっていたかつぶさに知っているので
セックスしないことで今の若者に文句を言わんばかりの博報堂アナリストにはうんざりした。
もっとも、紙面を大きく陣取っていた博報堂説のサイドに添えられたこの性交経験率低下調査に加わった羽渕一代氏の個人的分析はまともで、
大学生の経験率云々を言うより中学生の性交経験率を問題視しなければいけない、と、
そこに様々な社会的悲劇が存在すること、特に女の子が性的に搾取されていること、
やたら欲望を刺激してものを売らせたがる輩(クリエーター系のハゲみたいなやつね)に惑わされて自分が何をされたかすらはっきりと理解できない、
そういう子供たちの存在に目を向けるのが正しい見方だと思う。
大学生がどうだこうだは枝葉末節、学生の経験率は「環境」が整っているか否かで上下するだろう。
今はセックスを考える余裕もない、と羽渕氏も考えられているようで、私もそれには賛成だ。
パートナーを得るために何が必要か、それを考えてる点で昔の若者よりずっと今の方が立派だ。
大昔、ホットドッグプレスなんてのが「僕たちのセックス」だのなんだのの特集をしていて呆れたもんだが、そういうのを今も博報堂あたりはやりたいのかね?
モテるだの、モテないだのの話を聞くたびに思い出すのが最強の「モテ」女子の先輩がふと口にした「男でも、遊び上手は遊ばれ上手」だったりする。
男でも取っ替えひっかえして悦に入ってるような奴は本質的には「モテ」てはいない、ってことなんだよね、、
少なくとも人から羨ましがられるような素晴らしいパートナーと関係を維持できていない、そのことへの世間の評価は思いのほか厳しいものよ。
朝日新聞記事で最近「いいな」と思ったのは「僕たちの失敗 世代論を超えて 「若者はかわいそう」か」だった。
これはまともな記事で、もう少し長く続けるかと思ったけれど「上下」で終わり。朝日もやっと世代論から離れるか、と思ったら
その週の「アエラ」はまた似たような「世代論」で煽っていて、台無しって感じ。
記事が手元にあるのでそのうちネットにメモしておこう。記事の担当は「63年生まれ 近藤康太郎」氏と「76年生まれ 宮本茂頼」氏だった。