ネットに帰省。

従姉妹の一番下の1歳男児のふとももを揉みまくってセクハラしたり、来年は中学受験のすっかりメガネっこの一番上と話したり。
先日見た「サマーウォーズ」のような生活をしておりますが、ふとネットに帰省してみたり。
サマーウォーズ」の監督作品がネットでは評判になっているようで私は「時をかける少女」を全然評価していないので、かの作品を金を払ってまで見ることはないなあ、
宮崎駿の息子、憎し!」ってだけで「ゲド戦記なんかよりこっちの方がズーーーっと、ズーーーっと、ズーーーっといいもんねー」ってなあざとさまる出しの高評価から、
ここまで落とされるか、って気がしないでもなかったりして。
女をあざとく書くやりかたはあんまり初劇場監督作から変わってないのかもしれないなあ、私は好きな監督ではない。
サマーウォーズ」でも「うわー、この一家、やだー!」ってな悲鳴が上がったりして、今回の作品でもちょうど幼児を必死で育てている世代からは
「きぃーむかつくー!」ってな叫びが聞こえて、多分、子育てを一生懸命やってるからこそ、左脇えぐりこむように腹立つ部分はあるんだろうね、
そういうのにはちょっと共感する。
ただ、これに限らず、映画の評価はそれを愛するひとだけが的確な輪郭を描くことが出来るようで、私は母親のいない子どもが子どもを育てる話、的な評が一番正確に感じた。
私は主人公(?)がポスターで「アヒル口」している時点で脳死してなんの評価も出来そうにないな。
あちらこちらに散らばった映画評の中でハテナ精神科顧問のシロクマ先生がマザコンぶりを顕わにしていて
いやー、この方、医者になるのによほどお母様に無理矢理な勉強をさせられたのか、「母、憎し!」の心をむき出しにしている記述に笑えた。
「スーパーなマザーが子どもを簡単に手放すわけがない」ってのは、根本的に人間性が破綻してるのバレバレですよ、
それとも「スーパー」の言葉のとらえ方が、世間一般とはまったく違っているのか。
私の知り合いには「スーパーと呼ばせてください!」な母親が多くいるけれど、みなさん、見事なまでに、ある時期が来ると「子離れ」しております。
だからこそ「スーパーマザー」になれるんですわ、「なんのために(子育てを)頑張るか」がはじめから見えてるんですわ、
それは「いつか子どもが一人で生きていけるため」であって、いつまでも「子育て」という「手段」にしがみつくためではない。
「女」って、そんなこともわからないほど、シロクマ先生には「バカ」に見えてるらしい、
わたしはこの人の書くものを読む度に、よくもまあ、ここまで歪んでいることを晒すことが出来る、と感心する。
だからこの人に愛情をかけらほども感じたことがないんで、この評価もまちがってるんだろうけど、ここまで根底に女性憎し、を隠さない人もネットではめずらしいような、
少なくともソフトな語り口でそれをやる人はそんなにめだたないんで、ネットの浅はかと言うか、幼さというか、
そういうものをシロクマ先生からは常に感じるなあ、そんなに子供を産んだ女が憎いもんですかね?
シロクマ先生のお母様との関係を知りたい気がするな、過去エントリでセキララに綴っているものはあるかしらね?
子育てに必死な女性をどこかで嘲っている、そういう感じのエントリを常にあげる人ですな、シロクマ先生は。
どんな患者さんが多いんだろうかね?
ブコメを見る限り、そこに気がつく人がまったくいないようなんで、まあ、ネットってそんなもんか。
女は何をやっても必ずどこかでせめられる、子育てにやりにくさは、多分この手の精神科医のもっともらしさも一因なんだろう。
帰省しても、ロクでもない。オチビたちのふわふわほっぺでもかじりに帰るか。(結局、セクハラ)ホホホ。