はてな雑記。

ネットで話題になった二つのグルメ記事は、最初のが「食ベログ」のステマ記事で、
そこが薦めた店は20代対象としても微妙ではないか、
中途半端な店に通うぐらいなら回数を減らしてもっとまともな店に行ったらどうか、が2番目、
最初の人が後者の紹介された店を「特別な店でわざと書かなかったのに」と書いたので、すでによく知られている店でしょ、の突込みが入った、が
多くのブクマの流れのように私は把握していたが、そこに「高いからうまいのは当たり前、と言うのは云々」などと、
書き手が自称する職業が必ずしも出来を保障しない、うわごとのような記事が出てはてなの反応は「なーんや、そりゃ」になったようだ。
3番目の記事の書き手は「貧乏人どもにはわからない」とツイッターでぼやいているようで、
私がうんざりさせられるのは、どうやら「美食」で人格を育てられない事実をこのような阿呆が身をもって示してくれることで、
毎日「食」と付き合う人間として、むなしいばかりだ。
ネットでよく聞くようになった「コスパ」で「美食趣味」をはかれば、「豊かさをはかる手段」とすると最も「コスパ」がいい。
ブランド物をひとつ買う「コスパ」より遥かに高い。
20万円のブランドバッグなどはブランドとしては価値が低いが「一人20万円の食事」となると、価値は非常に高くなる。
その後「こんなものを食べた」「あの店に行った」などなど、他者に与える印象もブランドバッグ一つ持つよりはずっとわかりやすい。
この圧倒的な「コスパ」のよさが、ある種の「美食家」からどこか貧乏くささが漂う原因だろうと私はみなしている。
二つのグルメ記事に話を戻せば、最初の記事の受けがよくなかったのは「私はもう行かない店」と、
なんだか要らなくなったおもちゃを投げ捨てるようなぞんざいさが感じられたせいのような、
2番目の記事はそれとは対照的に、今も現役で通う店を紹介した「食」や「味」に対する誠実さが「はてな」では高評価だったように思う。
「食」に対する丁寧な姿勢が2番目にあったことは私も感じる。たぶん「品性」はこういうところに現れる。
私が20代で中途半端なグルメ趣味に走ってもらいたくないのは、「品性」は美食では育たない、
20代は誠実に仕事や勉強に身を削って欲しい、そのために身の丈にあった食生活をして生活リズムを整えて欲しい、
それだけが人生をよりよく歩むための「品性」を育てると信じている。
もしごくたまに美味しいものを食べたくなったら、やはり出来れば2番目の記事にある店に行ってほしいとは思っている。
本当に「食」を楽しむために。
はてなの面白いところは極貧に近い低所得者から高所得者まで、渾然といるところなのだよね。
「高いからうまいとは限らない」を常識として知らない人がいるかどうか、私は私の子供ですら知っていることをはてなの人間が知らないとは思わない。
こちら側を「知らない人間」と勝手に決め付けるその「上から目線」はさすがに「盟友」を名乗るだけのことはあるなあ、
久々に「はてな」的な逸材が現れたので、楽しく眺めているはてなの古い人間は多そうだな、と思ったのでした。
ふと、「シロクマ」先生が目立つあたりから「はてな」でものを書く医者レベルが大分下がった気がした。
この現象を私は「シロクマ以前・以後」現象とひそかに名づけておこう。なとろむ先生や小児科医先生がご活躍時代が懐かしいわ、、