事件から。

昨日、ニュースで聞いたふたつの事件が印象に残った。
ひとつは東大阪で娘が母親に刺されて死亡した事件と、もうひとつは東京都の杉並区で兄弟が殺し合った事件と、
夜のニュースで事件現場の杉並区の家が映っていて、さすが、場所柄(?)瀟洒な家だ、比べるのはどうかと思うが、東大阪の事件現場とはずいぶん違う。
しかし、同じ日に血縁者に手をかけたのはほぼ同世代、一人は「引きこもり」もう一人は「育児ネグレクト」、
男女の別があるにしても、たぶん同じように「心の病」をお互い持っていたんだろう。
このような事件では何を責めていいのか、いつもわからない。
「育児ネグレクト」と言えば、いつも思い出すのが二人の娘たちとちょうど同級生だった男の子たちのことで、ここも母子家庭だった。
みんなが明らかに母親の精神的な病による「ネグレクト」を知っているのにどうしてあげることも出来ない、
それなりにいろいろやっては見たものの、結局、母親から兄弟が離れられたのは、「補導」というかたちの「保護」だった。
それ以外に、子どもを母親から引き離すすべがなかった。
二人とも表向きは「放火」「万引き」のために「補導」されたものの、結局子どもを母親から子どもを引き離すための「方便」で、
(と言って、実際に二人とも「放火」と「万引き」をやっている)「警察」の手でも借りなければ、精神病の親から子供を離すことが出来ない。
生活保護も受けていた彼女の面倒を見る人が必要だけれど、地元の人間はなかなか手が出せない、
何故かというと、子どもたちが小さいころは得体の知れない男たちがしょっちゅう出入りしていて、深く関わることで、どんな災いが降りかかってくるか、わからない薄気味悪さがあった。
子どもたちのために学校のPTA役員が何度か民生委員に連絡をして、民生委員の方もいろいろやってくれたものの、どうもうまくいかない。
日本では「プライバシーの保護」と「自由」という言葉が「楯」になって、子どもを救う手だてを阻むことが時々あるようだ。
母親が若さを失うにつれ男たちは姿を消し、時々近所で見かけていた彼女を、私は見なくなった。
私が彼女を最後に見たのは、去年の春先、明らかに異常な状態で、車道に飛び出してきて
急ブレーキで止まった私の前を走っていた車にしがみついて、「連れていって」とわめいて、
どうしたものか、と困っていたら、彼女の住む部屋のすぐ近くの人が連れていってくれた。その後、姿は見かけていない。
子どもが犠牲になるのを「ゼロ」には出来ないんだろう、けれど、せっかく生まれてきた命が、大人になるまで、なんとか生き延びさせてあげる方法はないか、
子どもたちの同級生だった男の子たちは、母親とかかわりを断って、なんとか生きていけますように、と時々その幸せを思う。
上の子はおとなしい男の子だった。同級生だったわが子はその子を嫌っていなかったが、その弟が非常に悪くて、
うちの下の子はしょっちゅう嫌がらせをされていまだに「ゆるさん!」と怒っている。
「どれだけカワイソウでも、悪いものは悪い!」と、そう、だから困るのよね、いろんなことがね、、、