いろいろ。

中川昭一元議員は病死だったよう。心労が重なったか、第一報が「うつぶせ」の「突然死」だったのが、なんとも。
眠っている間になくなる、とは、いい年になると時々聞く話で、
同級生の銀行員が「疲れた」といって一人で眠って、朝、奥さんが起こしに行ったら死んでた、なんてこともあったりする、
まだ40代前半でも心労、過労が続くと、そうなることもあるんだよな、、、
ゆっくり眠らせてあげようと、寝室で一人にした奥さんたちの嘆きは深いだろう、残されたご家族が本当に気の毒だ。
極端に何かを「悪」に決めつける人間とは心が弱い、その弱さにうんざりする人間もまた弱い、
ネットで、見ず知らずの赤の他人の不幸を願う人間も弱い、他人の弱さにつきあう気はないけれど、せめて自分の弱さには向き合いたいものだな。
昨日書いたものにブクマがついていて、お久しぶりです、の方から聖書の解釈を間違えているとのご指摘。
聖書は大昔に、大学の講義で渋々1度読んだきりなんで、機会があったら、また読んで確かめます、どうもありがとう。
案外、神様は不寛容、なんて思ったり。私は一人でも助けるべき人がいればかわることを期待してその町は維持しておこう、が神様かな、と。
私の神様解釈はそもそも、自分に都合のよいものかも、だからおかしな宗教団体が嫌いなのか、同族嫌悪だな。
ところで、国語を勉強すると空気が読める、云々のエントリを拝見する。
つい、「小学校で3年も塾に通う」に反応してしまう「空気読めない」ぶりだが、意外にも私は現国の成績がいつもよかった。
ま、他に比べたら、ってところがあるか、本当は空気読めるたちなのかしら、、、、読みたくない空気は読まないでいられるんだけど。
しかし、小学校の半分を塾に費やす人もいるんだな、と、それなりの進学塾なら、遊びに行ってる雰囲気じゃないだろうしな。
それに妙に感心してしまう私って、、、、やっぱり、空気読めてないかも。
そういえば、このあいだ、下の子がZ会の作文の例文を読んで面白いことをいった、そのことはまた後日。
中川元議員は古いタイプの外連味のある議員だったんだろう、でも、もう時代はそういう人を求めていないと思う。
それが本人にもよくわかってたんじゃないか、死がせめて彼に安らぎを与えたのであれば、と。死んだ人は帰ってこないから。