話題。

痴漢ネタが盛り上がっていて、読みたくないんで読んでいないが、
痴漢にあったことのない女性を捜す方がよほど難しいんじゃないかな、私は痴漢被害を読むのもイヤなくらい、痴漢が憎い。
「ちょっとぐらいいいじゃん」の気持ちを持つ人間は結構多いものね、死んだら?と思うわ、心から。
ほんの子供の頃からあったことを思い出すのは今でも苦痛だ、
40過ぎて何よりうれしいのは「痴漢」にあう可能性がぐっと低くなったこと。
とはいうものの、娘が二人いるので、こちらを心配しなければならなくなった。
以前、図書館に行ったとき、本を夢中になって選んでいる上の子をつけ回している男を発見して、様子をうかがっていたことがある。
娘が人のいない書棚に行くと、さりげなくにじり寄っていたので、あわてて声をかけて、そばに行った。
男は度肝を抜かれたかのように、走って逃げたので、「やっぱり」と、
子ども時代からその手の被害に遭ってきて、何となく「やりそうな奴」の雰囲気が私にはわかる。
何とも、イヤな「目」を育てたものだ、一人でいる子供をつけねらうのは、私が子供の頃から変わっていない。
痴漢は何も満員電車の中でだけ起こるわけではない、夢中になって本を探している図書館とか本屋とか、
ふと気がつけば人気がなくなっている瞬間が危ない。
高校生の頃、よく行く本屋で痴漢にあった。「痴漢」というよりは、トイレに連れ込もうとしたので「強姦未遂」と言っていい。
にやにやと迫ってくる男の顔は醜かった。当時おとなしそうに見えた高校生の私を侮って、声も出せまいと踏んでいる、
その表情のゆがみを私は今も忘れない。
見かけほどおとなしくない私はためらいなく声を上げて事なきを得たけれど、本屋を出てすぐ、その男が待ち伏せていて、
「覚えていろ」とすごまれたときは自転車のペダルが踏めないほど、足がすくんだ。
即、本屋に引き返して警察を呼んでもらい、家までパトカーで送ってもらった。
思い出して書くだけでも、指が冷たくなる、どれほど時間がたとうとも被害にあった側には忘れがたい記憶だ。
学生時代、帰省するときよく使った阪急電車で痴漢にあったときは、そのことを親しい男友達に話すと大いに同情してくれて、
一人で乗るのがこわくなくなるまで、一緒に乗ってくれた。その優しさが被害の痛みを癒した。
しかし、その友達のことを別の知り合い(男)が「あいつがそんなに怒るのは自分もそういうことがしたいからだ」と言って、うんざりした。
昔から、ヘンにねじったことをいいたがる奴はいるものだ。
なんにせよ、異性でもわかってくれる人がいるのは素晴らしいことだ。
痴漢冤罪は深刻な問題だが、そればかりを大きく取り上げて、「気のせいじゃないの?」なんて声が大きくなるのは耐え難い。
もし、「冤罪」被害が金銭目的の告発によるものであれば、それをする女は女の敵だ。しかし、痴漢もまた、男の敵ではないか、
痴漢行為などを考えたこともないような男性までをも疑いの目に晒してしまう。
「冤罪」のような「危険」に「同性」を巻き込む罪深さを、男性の側から大きく主張してもらいたいものだ。
ところで、最近、配偶者の勤め先から名簿が流出して、「お宅の御主人が痴漢行為を働きました!」と「オレオレ詐欺」(?)電話が
同僚の家にかかってきたそうだ。たまたまその日、休みを取っていた本人が電話を替わって「誰が痴漢じゃぁー!!」と怒鳴りつけ、
即、通報、職場にも連絡、で、幸いにしてまだ被害がでたとは聞いていない。
「痴漢」が社会的にも迷惑行為であることを認識して欲しいと心から願う。