教育雑談。

「小中一貫校」は「中高一貫校」と別にその存在も「ありだ」と考えられているようで結局、日本の教育は戦前に回帰するのかな、なんて、
実家の母は「新制中学」の第一期生でそれまで「○○ちゃんは来年「女学校」の試験があるねえ」と言われて不安だったのが、
戦争が終わって「みんなが中学に行けることになる!」でうれしかったと以前話していたな。
かつてそれなりの家はどこでも子どもを「中学受験」をさせるものだったらしい。
私が前々から不思議だった戦前の「小学校しか出ていません」とは「高等小学校」(?)が普通の小学校の上にあって、
中学に進学しない子は今の中学卒業年齢と同じくらいまでそこに通う、と今で言う「中卒」みたいなものだと
お年寄りからきれぎれに聞いた話をつなげただけで定かではないから、いつか機会があれば調べてみよう。
なんにせよ小学校卒業時にその後の人生が分岐してしまう、それは昔からあったことだと、
今、二つの「公立一貫コース」が出来たのはそれが最終的に「良いこと」だ、と結論が出たってことなのかな。
中高一貫教育はなんのかんの言って「3年」で切れ目があるよりは大学進学には有利だろうしね。
とは言っても、今の中学受験では受かってもその後の勉強で肩で息をする状態になる子もいるんだから
それ以上は子供の資質がものを言うのかもしれないな。
子どもを進学校に通わせはじめて、公立高校の先生の「焦り」には驚かされることが多い。仕方がないんだろうが進路指導が身も蓋もない。
焦りの理由のひとつをあげればうちのこの場合、公立底辺中学から進学してきて教えられてきたことはほぼ完璧に出来るものの、
進学校が当然のものとして求めているものに「穴」があったりする。
だってカリキュラムになかったんだもの、教えられていないものは出来るわけないじゃないか。
高1の娘は中学でほとんど不等式をやっていない、カリキュラムがきり変わる合間で先生が落としたようで、
高校に入って「こんなの中学ではやらなかった」と、仕方がないので中学時代の「自由自在」を引っ張り出してきて
新改訂版の付録に乗ってた不等式をさせて、それでなんとか高校の授業とつなげられたよう。
やらせれば出来るようなことをやらせなかったのは怠慢だと今更ながら思うが文句を言っても始まらない、
幸いにして中1の下の子は不等式を習うカリキュラムになってるようだし、
この「ぬけ」を埋めていく作業をちゃんと親以外の誰かがやって欲しいよな、って塾に通わせてたら良かったのか?
英語も時々「あれ、これ、習ってないのか」なんてのがあって、いやはや、
全く、この中学教育と高校教育の「ずれ」は、行政の怠慢のような。
子供の高校では数学の青チャートを使っていて小学校以来久々に見たと言う「集合」もうちの子は苦手で、
簡単な白チャートを買ってやらせるとなんとかつじつまが自分の中で合ってきた模様、
階段の「5段とばし」は出来る子と出来ない子がいるんだから、それを「2段」と「3段」に分けてやればちゃんと5段目まで上れるのに、
この調整は本来誰がするものなんだろう、やはり「塾」か?
上の子が高校に入学して初めてわかってきたこともある、私はさせなかったけど、あながち中学受験も否定できないものだよな、
まあ、元々否定しているわけではなかったが。
ただ、今わかってきたことが過去にわかっていて、それでわが子たちに中学受験をさせるか、と言えば、やはりさせないと思う。
その理由は、また後日。日本の教育システムって一貫性がないな、「小中」だの「中高」だのに「一貫」とするのはその埋め合わせか。
教育制度はどこに向かっていくんだろう、10年経ったときどうなっているのか、注目しておくか。