続けると「その5」まで行きそうな、長い小説だしな。
しかし、図書館で全5冊を一気に借りて読んだんで
記憶から抜け落ちた部分がある。ドラマの内容を確認するのが目的だったし。
小説は英国では絶賛されたらしいものの、日本人に受け入れられる内容とは思えない。
実の父親が幼い息子に性的虐待をする衝撃もあるが、
一定以上の知識がないと読めないタイプの「スノッブ」な小説なので
ハードルが高い。思いもかけない展開と、どこまでも冷静で皮肉な視点は
「サキ」の系譜と考えるのが妥当だろうが、一般日本人でサキを知る人は少ない。
小説の一エピソードに母親がショーもない「ヒーラー」に無条件譲渡する邸宅の中に
高額な絵画があって、それを息子のパトリックが盗もうと画策するドタバタがある。
これはドラマの中でもコミカルに描かれて
結局、母親自慢の高額なその絵画は実は偽物だった、のオチがつき
少なくとも「ヒーラー」はそれを知らないとひそかなブラックジョークになる。
母親が自分の審美眼を信じて自慢にしている絵画が実は偽物だったの話は
最近私が読んだばかりのサキの中編「鼻持ちならぬバシントン」のオチと同じで
この話は息子が死んでその母親のアイデンティティーの一部だった高額な絵画が
実は偽物だったと判明する、サキらしいこの上なく絶望的な最期は強烈だ。
「パトリック」のエピソードはこの話を踏襲しているのではないかと思われ、
これがわかる人間は英国にもどの程度いるのか、私にはわからない。
「バシントン」を踏襲しているのは私の考え過ぎかとも思うが、
息子を失った母親が自分のプライドの支えだった絵画を偽物と知るに比して
母親を亡くす息子が彼女が大切にしている絵画を実は偽物と知っているは
たいそう上手な諧謔に思える。
様々な過去の物語を絡めながら一個人の実人生の悲劇を徹底的に洒落のめすのは
恐るべき力作なんだろう。だから英国では評価が高い。
小説の長さと内容が個人の人生譚である点からいえば
ディケンズの「デイヴィッド・コパーフィールド」系だ。
多分私の知らないもっと様々なエピソードが含まれているだろうが、
(タイトルにしても)知識がそこまであるわけではないのでわからない。
きっちり読み解いていけばこの部分はあれを模してる、これを逆張りか、と
私は欧米の中~上流階層の人間たちの話す言葉自体が階層を現す、
何を知っているかを常に会話にちりばめねばならないかのような
いわば「ウィットに富んだ」会話をしたがるのにうんざりする人間なので
バッチ君が主演してなかったらドラマも小説も存在自体を知らなかっただろうな。
そして知ったからと言ってどうということもないので、
とりあえず、早川書房はできれば脚注を巻末に示したほうがよかった気がする。
翻訳者は二人でドラマになって売れるうちに売ってやれ感ありありの
バッチ君を表紙にしさえすればバッチファンは買うと思っているかもしれないが、
おばはんたちはそこまで甘くないのよね。
ちなみにこの本、1冊1500円が5冊。図書館にあってよかった。(続く)