読書記録。サキ「鼻持ちならぬバシントン」

邦訳タイトルが今一つな気がするが

もともとサキのタイトルセンスが良くないので仕方がないか。

短編のような章に分かれて読みやすいものの、何のジャンルに入れてよいやら

「恋愛中編」でよいのかな?

どの時代にもいるこじらせた都会人の失恋モノとして読んだ。

こんな昔の本を読む人はいないだろうからざっくり筋を書くと、

中流階級の上」程度の洗練された社会に属しそれなりの教育を受けたが

資産を持たないゆえになぜか生き方が刹那的なバシントン青年が

お互いに好意を持ち釣り合いが取れた資産家令嬢との結婚を自ら望み、

また周囲に期待を寄せられながらも、

なぜか自身の行動で縁をぶち壊しにして人生を失う話で、

「こんなことをしてはいけない」と自分でもわかっているのに、

いわば相手に「お試し行動」がやめられない。

困った性格である自分を許しているがために最終的には人生を手放す、

現代でもそんな人間はいそうだ。

面白いのはバシントン君の、自分に似た性格だが

陽性変換とでもいうべき友人が恋のライバルで、

この友人が最終的にはおそらくバシントン君がなりたかった自分に

はからずも結婚を通してなってしまう。

軽薄で刹那的でたとえ妻であろうが他人を試みずに自分は楽しむ、

バシントン君がそういう人間だと資産家令嬢は見限って彼の友人を結婚相手に選ぶが、

結局彼女は持ちたくなかった夫を自ら手に入れてしまった、

このなんともいえぬ皮肉はサキらしいと感心する。

意外にバシントン君は結婚したらもう少し変わった人間になったかもしれないが、

そんなことは物語ではわからない。

ただ、選ばなかった相手を女性が生涯惜しむだろうことをにおわせるのみだ。

こうした女心を上手にサキは描写する。その表現は繊細だ。

もうひとつ面白いのが、都会のある程度以上の階層の人間は

たとえ金がなくても職に就くのは「恥」とみなしていること。

「働いたら負け」の意識が一定以上の階層ではどの時代でも存在するらしいのに、

感心してしまう。田舎の土着下層民の私には「ない」発想だ。

バシントン君は常に金に困っているが職に就くのはかたくなに拒否する。

職に就かないことがプライドの示し方とは私には理解できない。

一方、友人で恋のライバルはバシントン君と似たような境遇であるにもかかわらず

一応職に就いている。その職業は「政治家」なので、彼はおそらくほんの少し、

バシントン君より階層が上なんだろう。この微妙な立ち位置に緊張感がある。

友人はやり手の政治家で策を弄することができて

最終的にはほしいと思ったものをすべて手に入れる。

そうした存在への反発としてバシントン君は純粋だが

サキは彼を「unbearable」と表現して、この単語には様々な意味が含まれるので、

いっそ内容から「天邪鬼バシントン」と翻訳したほうがわかりやすい気がした。

あるいは「ろくでなし・バシントン」か。

彼の迷走行動をスノビズムの極致の悲劇ととらえれば「鼻持ちならぬ」が良いのかな。

サキの中編、長編が最近翻訳されているので、順次読んでいく予定。

今のところ、サキはやはり短編が良いな。

個人的に面白いと思って読んでいるのでお勧めではない。おわり。