小説版「パトリック・メルローズ」(その1)

この小説のテーマは親の呪縛からの解放なのか、どうもぴんと来ない。

実の父親からの性的虐待を友人に話す場面など、コミカルに書かれているので

この特徴的な「軽さ」が読みやすさにつながるのだが、

深刻な部分を読み飛ばしそうになってしまうので、解釈に困る。

小説では最終部分で、まだ赤ん坊だったパトリックに

医師免許を持っているが、人を癒すより「始末」するほうが多かった父親が

べろんべろんに酔っぱらって割礼をしようとする場面が出る。

うまくいくとはとても思われないのに、だれも父親を止められなかった、

結局それが本当に施されたかどうかははっきりせず、

ただひょっとしてその時、パトリックは子供を作る能力を失ったのではと思わせて

ちらりとだが、パトリックが愛してやまない息子たちは「養子か?」と思わせる。

パトリックの夫婦生活は破綻してその理由が長らくの「セックスレス

特に二人目の息子を持ってからは「完全レス」とあるので、私の考え過ぎなのか、

ドラマでは省かれて小説部分でも最後に出たのでわからない。

 この物語のもう一つのテーマは「継承」で、実の息子に性的虐待をした父親もまた、

幼年期に通った名門校で年長者から性的虐待を受けていたことにさらっと触れて、

性的虐待の連鎖もまた上流階級特有の「継承」なのか、下層民の私には測りかねる。

「継承」は「経済的虐待」である「廃嫡」もあり、

パトリックの父親は男爵であるその父親から早い段階で廃嫡されている。

それで「働かなければいけない」と医師免許を取得したようだ。

このことが父親の異常な性格を刺激した部分らしいが、私はおばはんなので

何があってもくそはくそと知っているので特に同情はない。

「廃嫡」というテーマはパトリックにつながる一族全員にまとわりついている。

アメリカの富豪一族の一人であったパトリックの母親も

父親ではない貴族と母が結婚したため、継承するはずの資産の大部分を失っている。

権利と思われていたものが本人たちには不当に奪われたと思われる痛みを

周囲が抱いて、ある程度以上豊かなのに喪失感を常に抱いている。

喪失感というよりは「被害者である!」感か。

しかし、パトリックの母親もまた本来実子に与えるべき資産を

他人に無駄に費やして一人息子にほとんど何も残さない、

莫大な資産を失ってもまだなお夫よりは裕福であったパトリックの母親だが、

彼女が自身の母親から立派に継承したのは愚かしさだけで、(男選びとか)

暴虐の限りを尽くす夫とようやく別れた後、奇妙な使命感を持ち

妙な宗教団体に金をばらまいてあっという間に資産を無駄に減らす。

彼女に最後に残された、一人息子のパトリックが愛着を覚えている美しい邸宅も

怪しげな「ヒーラー」に無条件で譲渡する。

そのヒーラーに邸宅を与えたとたん見捨てられると、

財産を両親からもらえなかった息子のパトリックに平気で依存する母親の精神構造は

どうなっているんだ?と不思議で仕方がない。

しかし、パトリックは母親を最後まで見捨てられない。

この母親はいつまでも「自分探し」をする世代の人間で

常に自分が「よい」と思ったことが正義で絶対なので

不自由になった体で辛いから安楽死したいと、

母親が利用する施設の費用の捻出さえも難しい息子に頼んで、

(母親が無駄に資産をヒーラーに与えなければ自分で出せたのに)

息子は四苦八苦しながら安楽死の方法を見つけ、なけなしの金をかき集めて

旅立たせようとするが、手筈がすべて整ったとき「やっぱりいや、怖い」と言い出す。

わたしならためらいなくその場で母親を絞め殺す、とパトリックにしみじみ同情した。

そもそも、資産のすべてを怪しい「ヒーラー」に譲る手立ても阻止しようと思えば

出来たはずなのに、人が良いのか、ジャンキーだったので頭のねじが跳んでいるのか、

母親の言うなりになるってどーゆーことよ?と私がパトリックの妻なら詰め寄るな。

これぞ恐るべき「共依存」か!と、しかしパトリックの妻もパトリックに似て(?)

妙に人が良く優等生なので許してしまう。

このうざったらしい母親とのあれこれは「マザーズミルク」と名付けられた4冊目に

描かれて、最後の「アトラスト」に続くが、長くなったのでまた明日。