雑談。

薄気味悪いストーカー事件で「フリーのアイドル」の存在を初めて知った。
先ほどはてなの話題で見たところでは「フリーのシンガーソングライター」らしいが。
なんにせよ「自分メディア」で発信できるので、そこそこ「フリー」でもやっていける、と言うことか。
少し前に「大学出ても就職せずにブロガーでやっていきます!」が話題だったが、それと似たような活動になるんだろうか?
私は時々、こんな田舎のおばはんにまで簡単にその正体が丸ばれするような自身の情報をダダ流しにする人とは何を考えているんだろう?
と、ひとごとながら、心配になったりすることがあるが、都内の娘のところに行くと、これだけ人があふれている場所で、
「私」を知ってほしい!と願う人が無数にいてもおかしくない気はする。娘二人も、私自身も、都会に埋没する気楽さのほうが好きだが。
大きな組織に属するアイドルでも、時々、テロのような行動を起こすファンがいるのだから、やはり起こるべきして起こったことか。
被害者の若い女性の回復を望む。
若い女性といえば、「タラレバ娘」が新刊を出すたび、異様な盛り上がりをネットで見せるが、
「痛い!」「わかる!」とかやってるのが私の知る限り、皆既婚のアラサーたちで、未婚のアラサーが盛り上がっているようには思われない。
つか、既婚の同世代女性が「痛い!」と言うのは、つまりは「未婚のアラサーはこんな風に痛い!」といわば「既婚・マウンティング」してるのか?
代表的に旗を振っている既婚アラサーが確か「自分が結婚した理由は未婚のアラサーは壊れているから」のようなことを書いたことがあって
そこまで、いまどき「アラサー」程度で壊れる人間っているかな?と私には今でも疑問だ。
基本的にバリキャリ女子は本当にバリバリ仕事をしていたら、割と簡単にアラサーになる、そのとき彼女たちが壊れているか?といえば、
私の知る限り、あまり思い当たらない、30過ぎてから普通に結婚して出産する人は今、そんなに珍しくないんだよな。
私は「タラレバ」の盛り上がりっぷりは「ヒモザイル」よりもっと深刻に不快に思うのだが、ネットで本当のところはどうなんだろう。
私が未婚のアラサーだったら、「タラレバ」にはいたたまれない思いをして読めない気がするわ。
「いたい!」「しみる!」と宣言することはもう古い言葉だがある種の「勝ち組」である気がする。
若い独身女性はこういう形で刺される、「若い」「独身」「女性」は悲しいほどの3重苦だ。
「若い」はすぐ手放せるが「独身」を手放すのは難しく「女性」は生きている限り、ずっとそのままだ。
なんだか、私が若いときよりも、今の若い女の子は生きにくいんじゃないか、と考えることがある。
「タラレバ」は少女マンガの王道的に終わるのかな?と、「タラレバ」を買ってくるマイダーリンにたずねたところ、
「東村先生は、まともに連載を終わらせたことがない人だからなあ」と
考えてみれば「きせかえゆかちゃん」も「ひまわりっ!」も「主に泣いてます」もきれいに終わった感はないな。
「くらげ姫」はまだ完結してないし。「めろん・何とか」に至っては、ギャグがきつすぎて読めていない。(全部家にある)
私は東村さんは「タラレバ」より「雪花の虎」を楽しみにしている。
それが「年寄り」と言うことかしらね、、、