子育て(?)雑談。

先程「これはもうあんまり古いから捨てたほうがいいと思うよ」と下の子に話したところ
「わかってるよ、というか、もう言わないでも捨ててくれる?見たらわかるでしょ、捨ててもいいもの」と言い返され驚愕。
あんなに「何もかも捨てられない」女子だったのに!
「ママはおねえちゃんのものはちゃんと整理しているのに、なぜ私のはしてくれないの?」とは、よく言ってくれたなあ、
君、「何も捨ててはいけない」女子だったじゃないか、一緒にお片づけをしていても、「ぜーんぶ捨てちゃダメ!」と、
クロゼットやベッドの下やら、上やら、自分の気に入ったものを全て積み上げて、詰め込んで、「どうするんだ、このゴミの山」、
母ちゃん、あんたは将来「片付けられない女」になってゴミ屋敷に住むんじゃないか、と密かに心配していたよ、
それがもう「勝手に捨てていいから」とは、何たる成長!ちょっとクラッときてしまったよ、なんでかよくわからんが。
でも考えてみれば、今年の夏あたりから、「いらないもの」をそっと和室やら納戸やらに放置して、「これをどうするの?」と聞くと、
「捨てていいから」と、ちゃんと「捨てられる女」になってる!しかも、「これは確かに捨てたほうがいい」ものを選んでる、本当にびっくり。
そこで話が突然飛ぶんだが、結局、子育てに関して「ああしていたら、将来こうなる、ああなる」という私が信じさせられてきたものって、ほとんどが「大嘘」。
極端な例を極端に持ち出して大声で言ってるものばかり。
でもこわごわ子育てしている側のこちらとしたら成長の一時期に必ずあるちょっとした現象を「ひょっとしたら、これが○○の前触れ?」みたいな、
あとになって、「そういえばそんな時期が自分にもあったっけ」と思い出したりする。自分の思春期の都合の悪いところなんてきれいさっぱり忘れてしまう、
思い出すのは、自分の子供がその時期を過ぎてやっと、だったりするので、大人というものは、と呆れてしまう。
(ちなみに子供を作らない人は自分の青春期の全てを覚えているように妄想していますが、それは完璧な錯覚です、そして子育てしない人は自分の錯覚にすら気が付きません。)
ま、何が言いたいかというと、実は子供のことを何もわかっていない人間が適当な脅しを大声で広める、
言葉って、全く適当なものなんですよ、どんなにだって「作り」あげられる。
今は捨てられるようになった下の子が、なぜ今まで捨てられなかったかの理由を母親の責任として見出す人がいたとしたら
「無神経な母親が以前に子供の大切なものを勝手に捨ててしまって、そのトラウマから捨てられなくなった!」ってなもんで、
「これは母親は意識していないだろうが、、」ともっともらしく言われてしまうと、子育ての万事を完璧にやれないのを既に知っている私としては
「そうなのかな?」なんて無駄に罪悪感を背負ってしまう、でもこれって、本当に「無駄!」以外何もでもないんだわ、
子育てをしない人の子育て論に、どれほど、子育てしている側は振り回されているか、
ま、子供が「捨てられるようになった!」ってだけで、妙なことを言いだしたと自分でも思うものの、とにかく私の結論として、
「子供の頃、一時期どうだった、ああだった」で子供の将来が「ああなる、こうなる」は全て「嘘」です、と私と同じく自信のないお母さんたちに書き残そう。
過ぎてしまえば短い成長の一過程に、良心的すぎて心配性になるお母さんたちに、馬鹿げた大声に脅されないで、と、
たいていの子供の行動はさほどの理由もなしに、起こるものです、
その常識を言葉が伝えないのは、暇が有り余っている人間が言葉を弄ぶからでしょうな。
「てめ、適当な理屈ばっかり書いてんじゃねーよ!」ってなものを、ネットでつい読んで、ふと思いつきで書いてしまう私も暇人。
でも、子育てに関しては、それなりに嘘が見抜けるようになった、ってことで、おしまい。