雑記、あれこれ。

ぬ、昨日はなんかいつもお世話になってるところに失礼な内容だったかも、と後から気がつく。
ばあちゃんのありがたいおしえのなかに「アホの知恵、後から後から」ってのがあって、
ばあちゃん、教えてもらってもちっとも身についておりません、と反省。ついでにばあちゃんは
「まるい玉子も切りよで四角、ものも言いよで角がたつ」「理屈と膏薬はどこにでもつく」と
よく唄っておったが、確か上野千鶴子先生も似たような言い回しを何かのエッセイで使われていて、
おお、ばあちゃんのええ加減な警句ではなかったか、と妙に感心してしまった。
それはともかく、私は「理論武装」という言葉が嫌いだ。「理論」で「武装」しちゃあダメでしょう、
といつも思う。というか、その言葉で出来てるのは「理論」でよりむしろ知識の「量」で圧倒してることが多い。
その知識をベースに構築する「理論」で相手を説得しているわけではないのが私には気にかかる。
私は自分にはないものに無限の崇拝の念を抱いているので誠実さがよくあらわれる理性的な文章を綴られる方が
ともすれば相手側がやっていることと同質の「攻撃」をその「知性」でくわえているのを惜しいと思ってならない。
知性は人を追い詰めるものではないと思うのですよ、そういうことができる知性ならば
もう知性に何の価値もないのです、私のようにいい加減なオバハンが憂さ晴らしに趣味の悪い罵倒をするって
いうのじゃないんだからねー、もう少し、その真摯さを大切にした方が、、なンちゃって、
まるでフーゾクの女の子にやるだけやった後説教する(という)オヤジみたい、と思うので止めるか。
といって、私はフーゾクというのがどういうものか全く知らないがこのあいだ中村うさぎさんの
「私という病」を読んで、なるほどなー、と妙に納得してしまった。雇う側の人間が「いつ止めるか決めておけ」とか
「この仕事はなれたら楽だから、目標決めておかないと」って、ハー、何となくよくわかるわ、そういうの、
と堅気(?)な専業主婦やってる私が思った。中村うさぎさんはえらいなあ、これができるのは中村さんぐらいだ。
私はダーリンが中村うさぎさんを一生懸命読む人なのでおつきあいで読みはじめたが、
うちのダーリンはなんで中村さんを読むのだと聞いたところ、「この人の抱える問題は人間全体が抱える問題だから」
「この人は真剣に哲学やってる」だって。よくわかったような、わからないような、、
ところでダーリンは最近「スーパーマン」を見に行きたいと呻く。私はどうも「梅干し食べて、スッパマン」
のイメージが強い人だからあの濃い顔のスーパーマンみても「ケツ、かいー」になりそうで乗り気じゃない。
ニーマンマーカスのセールカタログにあったコールハーンのサンダルが届いた、ただの「ナースシューズ」だった。
写真と実物では大きな差が、、履き心地は確かにいいんだけどね、(それはナースシューズも同じ)
ううう、、、それにしても、送料30ドル払っても日本円に換算して1万円と少し。
フラッグショップで買うことを思うとお安い。デザインは日本仕様の方がいいものが多いように思うが、
何故ああも高い。謎。