日常。

昨日はテレビとBBCの配信でエリザベス女王の葬儀中継をだらだら見て

台風はそこまでひどくもなかったな、などとぼやいたりして。

はてなの話題に「お金配りは危険!」と出て、

これを「危ない!」と思わないのはある程度「ポイ活」になれてるからかも。

よくわからんうちにポイントがもらえて品物にかえられる、

その延長線に若者の危機感が失われてしまうのか、感覚が年寄りと違う。

無駄にはてな歴の長いおばはんは、この人がいまさら「ポテサラ」をなあ、と

この方もまた「悪名は無名に勝る」で「バズったから広告!」をするのかな、

使い古された手法を繰り返しているのを見ると「日本オワタ」と思わないでもないな。

あざとく突っ込みどころを細かく書いて

野菜を刻みまくるのが簡単であるとの説はその手間暇を他に広げなければ

「ちょいちょいっと」というわけにはいかないのを知らない人間ではないだろうに、

残念な人になったなあ、マンションのローンがきついんですかね?

そこまで高い物件を買っていた印象はないけどな。てなことを

おばはんにつぶやかれているのを知らずにいられますように、と心から祈っている。

なら書くな、という気もするものの、この人はもう信用するな、の覚書に。

一度の手間で多くのものを、が日々の料理の基本であるのは知られてないことかね。

なんでも刻んでチンすれば、ほおら簡単!ではないんだよ、

刻む順序にもよるけれど、刻んだ後のまな板はちゃんと洗って次の手順に入らないと

衛生上よろしくない。私はニンジンを刻んだ後にハムを刻むけれど、

ニンジンを切った後の赤みが気になるので必ずまな板は洗いなおす。

肉類のハムを切った後に野菜は刻めないし、手順がわかっていても手間暇ではある。

きゅうりの塩もみはそれなりに手間、そしてにんじんは水にさらさないのか、

これだけの手間をかけるなら私はほかのメインメニューを3品作る、

ポテサラの手間暇はメインでは決してない、だよな。

ポテサラ作るくらいならイモを切ったまんま冷たい油の中に入れて火にかける方式の

フライを作る。こちらの方が若者には人気だしね。

結局のところ「ポテサラなんか簡単!」と言いたがる人に共通するのは

毎日延々と自分以外の家族のための食事を作っていないところで

自分が好きだから作る、と家族への義務として作るのは違う。

それが理解されない限り、永遠に「専業主婦」業は叩かれ続けると思うのでした。

おわり。