日常。

昨日は高偏差値大学の合格発表日で、6年前を思い出す、次の日が震災で、えらい目にあったわ、上京する予定だったからね。
その後に続くあれこれをよくぞ乗り越えてきたと思うと同時に、一番大変だったのは娘だった。暗い春になった。
残念だったのが、なんとなく「自粛」ムードで可愛いお洋服を用意できなかったこと、大学デビューが難しかった。
とは言うものの、いまだ多くの人の行方も知れない、多くの人が不便を強いられる中、「お洋服なんて買う気分じゃない」の娘の心は
正しかったと思う。おばはんはみもふたもないのでつい、安きに流れる。
「東大ママ」と呼ばれている私と同世代で4人の子持ちである女性の最後のお子さんがやはり無事東大理三に合格されたようで、
めでたい。お嬢さんの努力と能力と同じくらい、実のところ親の努力も求められる世界である認識がいまだはてなではないようだ。
これは、地元を離れて難関大学を受験する地方の人間に特有の努力で、これがなしではなかなか「合格」は難しい。
「地方から来て欲しい!」なんていってる割には、大学入試制度は地方から参入の壁が高いのが理解されないのは、
地方出身者が政治の世界に少ないからだろうなあ、、地元がどこでも育ったのは都心部、なんて人が政治家にも多いからね。
しかも都心部で恵まれたご家庭に育ったにもかかわらず、東大にも入れていない方が首相だったりする現実は
私には計り知れない腹立たしさがあるわ。結局、世の中「コネ」かよ、ってな。
子供の受験に関しては「東大ママ」の努力は手放しで賞賛しても良いもので、この方はこれからほかの事にまい進するんじゃないかな、
たぶん、この方の高い能力は子供を大学に入れるまではそれだけに注がれてきて、この先は自分のために使われる。
こういう能力の高い「マダム」は意外にいるものよ、彼女ほど、目立たないけれど。
昨日から念願の「女子をこじらせて」を読んでいて、雨宮さんの大学受験のところで、親としては「おい!」とつっこみどころ満載で、
ご本人もわかっていたので当然自分つっこみもしているんだけれど、
私が気の毒に思ったのが、初めての大学受験で女の子が一人上京している点。
これは親御さんに「借金してでも娘についていってやれよ」といいたい。
雨宮さん世代でも地方の女の子が上京して受験する場合、親はついていってる場合が多いのだよね。
大声でこの手のことは言われないけど。
聞こえてくるのは「毒親」だとか「親の呪縛」だとか、現実には何の役にも立たない「意識の高い」ことば。
地方で育った真面目な子供が、はじめからなんでもすべて自分でやれるわけがない。
特になれない場所での受験はデリケートな女の子にはかなりのストレス、行くのが親のほぼ義務。
地方じゃ、よそに子供を大学にやるご家庭の「常識」としてまかり通るがな。故に男の子でも親がついている場合が多い。父親が。
難関大学を地方から受験するときは、必ず親がついている。どちらの娘でも経験したわ。
下の娘のときは息子以上に緊張している父親に出会ったがな、「お父ちゃん、落ち着け」といいたくなった。
息子のほうが落ち着いていた。たぶん、親が自分の代わりに舞い上がっていたから良かったんじゃないかな。
彼もちゃんと合格していた。
受験の思い出は数知れず。ただ、上の娘のときは、あの大震災と切り離せないので、あまり思い出す気になれない。
とかいいながら、当時、いい加減な不動産屋と渡り合ったりして、私はいついかなるときでも「おばはん」しているのでした。おわり。