「娘といつまでもお風呂に入りたい父親」が非難ごうごうだが、私の友達に父親が自衛隊員で会えるのが数ヶ月に一度、下手したら年単位で会えなかったため、
中学になっても「お父さんとお風呂に入る」に抵抗がなかった女性がいる。
元々、両親が年をとってからできた一人っ子で「お父さんが帰ってきたら一緒にお風呂に入る」がひとつのイベントになっていた、時々、お母さんも一緒に入っていた、
それをなにげに友達に言うと「危ない!だめだ!」ととめられて、それを父親に話してやめたという、「お父さんは本当に悲しそうだった」と、
それを聞いたのは学生時代だったが、私も含めやはり全員が「それはちょっと、、、」と、「お父さん、かわいそう」とその当時も思っていたらしかった友達に同調はできなかった。
今なら、わかるけどね。お父さんの気持ちはちょっとだけ。
我が家の場合、上の子は小学1年でマイダーリンが「もう一人で入ろうね」と、「一年生になったら」効果で、やめたが、
下の子の場合、もっと早くに、マイダーリンが「危険」を感じてやめてしまったわ。
まだ幼稚園児だった下の子がふと、パパの足の間についているものに気がついて、
パパがシャワーを浴びていた時、湯船から手を出してぎゅっと引っ張る、という、「キャー」という、ダーリンの悲鳴で私は何事が起こったか、
かわいそうなダーリンが泣かんばかりにうずくまっているのを見て、そしてきょとんとしている下の子を見て、なんと反応したらいいのか、
子供の容赦のない手でぎゅーっと引っ張られるとかなり痛いらしいね、いや、お気の毒。
というわけで、急遽、下の子は園児にしてママかお姉ちゃんかとお風呂にはいる選択肢しかなくなったのでした。
仕事が忙しくて、めったにパパとお風呂に入る機会がない子供たちにとっては、たまに「パパとお風呂に入る」は、情け容赦なくごしごしやられるママとのお風呂より
楽しいイベントなのだよね、、今の我が家ではもうとっくに終わった育児イベントだが。
子供のお風呂に関しては、「シャンプーハットをいつはずすか問題」もその当時の話題であったわ、「育児」の悩みは尽きなかったなあ。
で、子供が社会人、大学生、になってもやはり「育児」的な問題は続いているわけで、子供が小さかったころ、大先輩ママより、「悩みは大きくなればなるほど、大きくなるのよ、、」
といわれ、何のことやら、と思っていた私が今、やはり同じことを思うわ。育児って「つながり」よね、子供を通じて他人ともつながる。
世代や時代も超える。いつか、私の娘たちも同じことを繰り返す、そういう「つながり」を続けていきたいものだわ。