女性は弱者に冷たくはない。

先日の増田は「女性は弱者に冷たい!」とのことだったが、

足の悪い高齢の母を連れて上京した時、さえない田舎者の私たちを

駅で手伝ってくれるのは必ず若い女性で、リクルートスーツを着ていたりすると、

「お忙しいのに申し訳ない」と恐縮したものだった。

同性で害のなさそうなばあちゃん、おばちゃんならば警戒心を持たずに手が貸せるのは

かつて若かったことのある私たちにはよくわかる。

それでもやはり「女性は弱者に冷たい」かな。

ネットの成人男性たちの若い女性への攻撃性には娘を二人持つ身としてぞっとする。

娘がいると精神障害のある男性に付きまとわれる話や

かのブコメにもあった障碍者若い女性に介助を頼んで痴漢行為に及ぶなど

若い女の子の「性」を狙った不快な事件をよく聞くし目にすることもある。

それを我慢してでも女性は誰にでも親切にしなければいけないものか。

女性の生きづらさは昔も今もほとんど変わらないのは

フェミニズムがどうであろうが関係がない。

むしろフェミニズムさえ若い女性を救わなくなっている。

そういう切ない世界に生きている若い女性にこれ以上何を自称弱者男性は求めるのか、

「ま〇こがついているから優遇されている!」なんて幻想、

高齢になれば意味がなくなることそのもので、

セックス目当ての男の屁理屈でしかないのだけれど。

彼らが大事なのは自分の「セックス」だけで、

相手の持つ「性」への尊重はかけらもない。

「セックスできるチャンスを与えてくれない!」が「弱者に冷たい」のか。

若い女性は全員が性を無料奉仕するのが「当たり前」なのか。

母との上京時に戻して、エレベーターのない駅で

まるで「土屋太鳳ちゃん?」と聞きたくなるような美少女が、

わたしたちに手を貸してくれたら飛ぶように若い男性が3人もやってきて

介助してくれて、若い女の子が一人でおばはん、ばあさんを助けているのを見て

義侠心を出したんでしょうかね。

美少女の周囲にでもいなければおばはんやばあちゃんは視界に入らない。

それが若い男というものなんだろう。

地方や関西の都市圏では都心に比べれば若い男性が手伝ってくれることがある。

都内では若い男性が率先して手を貸してくれる場面は少ない。

母とそのことを話すと、母曰く「東京は核家族でばあちゃんを知らないんじゃ」と

確かに、私の横浜在住の従妹の息子は祖父母と同居しているので

年寄りに手が貸せる子に育っている。

地方は同居、あるいは近所に祖父母が住んでいる場合も多いので、

年寄りという存在に慣れているのかもしれない。

それでも都内の若い女性は私たちに手を貸してくれた。都心の若い男性は少々特殊だ。

若い女の子たちが被る害を無視して「若い女は弱者に冷たい!」とするのは病的で、

かの増田が実在としたら障害は精神系にしか思えない。

そもそも、障害2級ならば行政や病院が同じ障害を持つ人間とつながる場を

紹介してくれるが、そこで出会いを探さないのはなぜか。

弱者であると属性ばかりを強調して「女が冷たい!」とやるより、

同じ障害を持つ人間同士で知り合ってから

異性の友人を持つ選択肢を模索すれば良いのに。

社会的弱者のおばはんはおばはんで連帯するしな。

ネットで「アンチフェミ!」が炎上マーケティングの一種として機能するのは

女を攻撃するような自称弱者の男でも、商業「アンチフェミ」に金を落とせるほど、

経済的に余裕があるんだろう。それで「弱者」と言われてもな。

ホットエントリではまた商業「アンチフェミ」論者がブクマを集めて

これは春に向けてネットサービスか本の広告が始まるかな。

ブクマとスターだけのやらせアカウント以外のはてな民が

いつまでつられるか。だんだん少なくはなってきてるな。おわり。