メモ。

先日飛行機で久々に寺尾聡を聞いて感動したのでユーチューブであれこれ聞いている。
この人がはやったのは私が小学生時代だから40年ぶりくらいか。
もういい年になっていても子供時代に聞いた曲に心動かされるとは、これが「懐メロ」の威力か。
ユーチューブでは「re cool」とバージョンを変えた動画が公開されて現代風にアレンジされているようだが
オリジナル版のほうがいっそ「クール」だと感じるのは、私が過去の人間だからか。
ルビーの指輪」を聞いて、あの当時自分の誕生石を知っていてベージュのコートを着る女とは、オシャレだったんだな、
おそらくうちの娘たちは自分の誕生石など知らないだろう、興味がないから。(涙)
オシャレさんの歌だったんだ、とマイダーリンに話すと、
「寺尾聡は昔純朴な青年役が多かったから黒眼鏡をかけてあんな歌を歌いだして「ぐれた!」と思ったもんだ」と
また年寄り臭い話になって終了。
私は「シャドーシティ」が好きだったわ、寺尾聡、現在70歳、昭和は遠くなりにけり。
ネットを徘徊していると迫り来るお受験の季節を思い出し、
そういえばうちも下の子はインターハイにでたのでぎりぎり秋まで部活動をして、そこからの追い上げが大変だった。
大学受験を真剣にやる子供たちは3年になる前の春休みで部活を自主退学するので、
その子供たちに追いつくのは、まあ、無理。
勉強は「量」勝負、下の娘は部活動に時間をとられて、
2年まではクラスで5番以内だったのが3年からは20番くらいまで番数を下げてそれを戻すことは出来なかった。
1年かける人間と、半年の人間とでは当然の結果。
それでも根気よくこつこつとやる、自分が選んだしたいことを最後までやった、の満足感が
今のおおらかな気質の娘を支えている。なんだかんだ言っても世間ではレアモノの旧帝大・工学部の院生だしね。
あのころ、部活をやめて試験に専念したトップグループは医学部、薬学部を除いては何故か全員、学部で卒業して
「コンサル」になっていたりして、人生の進路ってどう変わるかは、わからないよね。
ちなみに、理系の世界では文転した人間を「あいつらは逃げた」的な目で見る雰囲気がある。
そして文転した側もどこかで後ろめたさを持つようだ。
この「最後まで残れるのは誰だ!」ゲームは不思議だ。
終わった人間から言えるのは、受験は節目であって岐路ではないかもしれない、だったりする。
節目は大事だが節目でしかないのだよね、、、と節目のない人生を生きるおばはんが言ってみる。終わり。