ほんの感想。雨宮まみ「女子をこじらせて」

読み終わって「ぬーん」とうなる。
なかなか、感想が出しづらい。それは私が年をとっているせいか、それとも根本的に「にぶい」人間だからか。
雨宮さんはいわゆる「育てにくい子」だっただろうと思った。
子供のころのエピソードを読むに、家庭環境がどういうものだったかはあまり詳しく書かれていないものの、
かなり厳しかったように思われる。
ただ、これは「昭和の地方のご家庭」にはありふれている現象で、
やや貧乏め(?)な家庭ほど「きちんとしなければ!」の圧力が強かった気がする。これは残念ながら今でも変わらない。
雨宮さんは他人より、おそらくはご家族より、かなり敏感な体質だったと私には見えた。
こういう子供は集団の中ではとても生き辛い。
幼いと自分の感覚をコントロールすることが出来ないし、今でさえほかの子より感覚が鋭敏な子供への対処方は一般的ではない。
敏感であるが故に物事を文字通り、というか文字通り以上に受け取ってしまう子供に、世界は恐怖で満ちていたのではないか、
大人になってある程度、生活環境を自ら整えられるようになってはじめて、世界が自分の感覚どおりのものでもない、と気がつくのは
感動的だった。そこに行き着くまでのあれこれがあまりにも「痛」過ぎるから。
「何もここまで、、」というほど自己否定に走る、過剰な自己否定、自虐はナルシシズムと同義語で、
そこを苦く感じる程度に私もまた若かりしころは多少(以上?)「こじらせて」いたわけで、
ただ、だからといって私が雨宮さんほど、その状況を自分で何とかしようとするほど行動派ではなかったので、
平穏無事に今に至っている。
雨宮さんのあがきはご自身では「恥の多い人生を歩んできました、、」的にとつとつと描かれて、
特に若いころにひょんなことで友達の彼氏に手を出されたことなど、反省とともにさらりと触れられているものの、
私には、雨宮さんが悪かったようには思えなかった。
ほぼ「事故」というか、むしろ手酷い仕打ちを相手から受けたんではなかったか。
私は彼女が自身で描くように自ら望んでそうなったようにはあまり受け取れなかった。
これほど過剰に自分を受け入れられない人間が初体験をあっさりと終わらせるものかね?
どうも、私には書かれていることば以上に書かれていない部分が多いような、いまだ過剰に自身を傷つける質であることを
認められないまま、書かれたものの様に思われた。何か「腑に落ちない」感があるのだよなあ。
人よりはるかに優秀であるにもかかわらず、それが自分では認められないことほど、つらいものはない。
私は雨宮さんが高校時代にファッションショーを2年続けて成功させたことを
あまりたいしたことではないかのように書いているのを残念に思った。
こんな風に2年も続けられることはこの年代の子供にはなかなかできないことで、そこに自信をもっても良いのだけれど、
それが雨宮さんには出来ない。そこが私にはもどかしい。
ええい、もっと、ちゃんと胸をはらんか!と、無責任に喝を入れてしまいそうだ。
だからわたしは「ばばあ」なんだよ!と、反省の多い人生を歩んでまいります、、、(涙)と書いておこう。
「生きるのがつらい」のは「女子」をこじらせているせいばかりではない気がした。
私には理解するのが難しい本だった。