ぶつぶつ。

久々に実家母にきれる。と言うか、きれられる。とほほ。
調子が悪いと扱いづらくなる人で、そこまでけんけんする元気はいったいどこから出てくるのか、
それにいちいちムカッとする私も私だと反省するが、そもそもこのいさかいは利害が関係しているので泣ける。
母という人は昔から人から頼まれるとどんな無理でも引き受けずにはいられない人で、自分が動けなくなっても引き受けようとする
実際は、子供を使い魔に仕立てようとするわけだが、それも続くとこちらは参ってしまう。
頼む側は明らかにこちら狙いなのでな。自分の子供に頼んでくれ、お願いだ。
先日その手のお使いをさすがに断ったのがやはり気に入らなかったのか、今度は、なんとも怪しげな話を持ち出したので
「いい加減にしてくれ」と言ったら「年寄りは早く死ねといってるんだな」などと、
ここで「はいそうです」と言ったらどうするんだよ、いいますよ、そのうち。私も年々沸点が低くなっているんだから。
しかも基本的には金のない専業主婦の私の無償奉仕以上のことを望むってどういうこっちゃよ、いい加減にしてくれよ、
あーこりゃー、また免疫性疾患発症するな、私はストレスがピークになると、この手の病気になってしまう。
もうすでに一生のむ薬があると言うのに、次、病気になったら、死期が近いな、私は。
なんてことになったら困るので、出来ないものはできないと、突っぱねた私はえらい、と思っておこう、私は孫の面倒までみたいのよ。
そもそも、母の脳内ではうまくいったことは私以外の兄弟の仕業でそうではないものは私の仕業、
どちらも私がやってることなんで、賞罰ゼロぐらいではないないかと思うんだが、母の中では私は出来の悪いことしかしでかさない。
出来の悪い私に腹が立って腹が立って仕方がないのはよくわかるので、私は子供時代の惨めな私を思い出す、これがまた辛い。
母は今の流行り言葉で言えば「毒親」なのかもしれないが、やはり私は母を気の毒な人にしか思えない。
私は母を憎むほど期待もしていないし、愛してもいない。だからやはり「気の毒親」かな、本当にそう思う。
それにしても、自分で自分の後始末ひとつ出来ない人が、何でこうも居丈高に怒ってくれるものか、
何一つ決められないのにぐずぐずと不満ばかりを言い続け挙句に「あんたが悪い」と、
年をとったとき、私もこうなってしまうのかしら、なんて考えるから調子が悪くなるわけよ。
冷静に考えて、私は、母のように情にばかり流される人間ではないので
人からの頼みを胸を張って断れる日本人としては稀有な人間のような気もするので、大丈夫だと信じておこう。
将来、年をとったとき、自分の娘にこういう思いを抱かれたらいやだなあ、
私は年をとってもなんとか自分の後始末はつけられるよう、毎日お祈りでもささげておこう。
と、ぶつぶつ書いて、やや心が晴れるのであった。小さいわぁ、自分。