村岡花子本、雑記。

本の内容で面白いと思うのが、対談相手の徳川夢声平林たい子などの話で、
対談相手は自在に個性を話しの中に交えるのだけれど、村岡さんにそれはない。対談では受身のように思う。
その理由の一つとして、この本の中でも、村岡花子自身が自分の性格は実家と夫の間に立って苦労した母親を見てきた故に、
自分を押さえることが身に付いた、とあってそこが「翻訳家」として多くの仕事をこなせた点であるのかもしれないと思った。
それから、村岡さんの略歴に、森鴎外の翻訳を読んで感動したとのくだりがあり、それで私は森茉莉との接点を探して、
実際は「仏英和」と「東洋英和」と、つながりは「英和だけやん」という、何ら関係がないのを発見したわけなのだけれど、
森茉莉も「マドモアゼル・ルゥルゥ」などの仏語の翻訳をしているものの、一般化はしていない、
それはおそらくは森茉莉はやはり曲がりなりにも「自分」の文体を持つ文学者であったが故ではないか、
自分を抑えて作者の言葉を正確に伝えることを優先する、そこが村岡花子の立派な点であるのだろうなあ、と思ったのでした。
とは言うものの、村岡花子訳に不満を抱く人はそれなりに居るので、いつか赤毛のアンを原書で読んでみるべきかな。
昔の人だから、今の人と違って、制約があったんだろうね、
不満があってもそれが村岡花子の個人的な瑕疵であるかのように思うのは違う気がする。やはり、多くの児童文学を翻訳してくれたことは素晴らしい。
それにしても、昔はやたらと「英和」の言葉を学校につけたがったのだな、そもそも、森茉莉の「仏英和」なんて、そもそも「英和」の言葉が必要か?な、
たしか森茉莉は「ハロー・マイシスター」ではなく「ボンジュール・マ・スール」だったとか、
英語ではなく、仏語を習ったと書いてあったぞ、「英和」の「英」は「英語」の「英」ではなかったのかしらね。
鴎外は、自分がドイツに留学したので、女性名刺、男性名詞がある仏語の方を好んだんだろうか?
と、私は話があちこちに飛ぶので、村岡花子本のことはまた明日も続くのであった、、