うんざり。

昨日の増田の追記の「シメ」には吐き気がした。
「これを機会に1人でも親子関係を見直した方がいれば嬉しいです。」だってさ。どこまでおめでたいんだろう。
本当の「毒親」なるものが、あれを読んで「私の考え方が間違ってたのねっ、教えてくれてありがとう!マンセーマンセー」となるのなら、
毒親」でもなんでもないんだわ。ただの「考えなし」。
かのアメリカ母のやり方を丸呑みするかもしれない、と増田が心配している(?)人間と変わりがないわ。
それに、私が見たところ、ネットで誰もあの契約書(仕様書?)を真似しようなんて人はいなかったんだよね、
ネットの人間にすらそこまでのバカは見当たらないんだよね、現実世界でもいない。
存在しない人たちを勝手に設定して「俺の考え方に反発する奴は毒親!」と言わんばかりなのにうんざりさせられる。
この手の人間の決めゼリフは「俺は毒親に育てられた!」なんだけど、
私は「だから子育てのすべてがわかってると思い込む根拠はなんですか?」としみじみ聞きたくなるわ。
「自称毒親育ち」はネットで山ほど見かけるものの、それで「自分はすべてがわかってる!」と信じる出来の悪さに
その親の苦労が見えたりして。
この手の人は「毒親」に育てられたというより、少々勘違いした親に甘やかされて育ったんでしょう。
なんにせよ、いい年をして自分程度の親の出来が悪いのを未だ許せずにいる人間とは救いがたいほど馬鹿なんで、
そういう親も馬鹿というのはある程度認めてもいいのかも。ま、鶏が先か、卵が先か、的意味のない話ですな。
ネットで書き始めてもう何年も経つが、育児に関する現実的な対処法を書けば必ず
「子供がかわいそー!」というナルシシズムあふれる反応が来るのには呆れ果てる。
何がわかっているつもりで書いてんの?どれだけ「自分は神様」視線で書いてんの、
私はあんたたちの母親ではないし、ましてや私の子供はあんたたちみたいにできが悪くないわ、と書くと「毒親」扱いだしね。
誰かが「こいつは毒親!」と決めつけたものの「勝ち」なんだよね、それが「絶対正義」、真実かどうかは別にして。
毒親育ちの俺は正義」を見かけるたび、私はなぜか、20年ほど前にはやった「自分探し」を思い出す。
「本当の自分、、」という「理想の自分」を探してさまよう人が私の若い頃にはよく存在して
「で、今のあなたは誰?」と聞きたくなるような妄想話をしていたな。
で、20年経って「本当の自分」が見つかったかどうか、もうお付き合いがないのでわからないが、
「素晴らしい親に育てられたら、素晴らしい「本当の私」になってたはず」「私の今の不幸は毒親に育てられたせい」と言ってる気がする。
「自称毒親育ち」とは形を変えた「本当(=理想)の自分探し」じゃないかしらね、
本当に「素敵親に育てられたら素敵な私」になってるはず、って信じてるのかね。
お前は「リカちゃんハウス」の香山リカかー!って、叫びたくなる、理想の家族なんてリカちゃんハウスにしか存在しないんじゃないかしら。
そう考える私の性格は相当歪んでいるが、毒親に育てられたせいではあいにく、ない。
異常な浪費家である父親とそれに振り回されて半狂乱になる母親の間に生まれた人間だが、
自分の出来の悪い親を早くに「あきらめる」くらいのことはできてたんで私の歪みは私自身が育てたもの。
自分が勝手に歪んでいるせいで、ネットの歪みには厳しいのでしょう。
私が今回の件で一番うんざりしているのはネットにどっぷりな人間が母親のありふれた育児を公開していることを「見せびらかし」と決め付けたこと、
私はよそのお子さんの育児日記を一番楽しみに読んでいるので、責められるの怖さに「自粛」に走られるのが怖いわ。
母親はでしゃばるな、か。かの息子さんがどう育つか心配と言いつつ、かの母親を叩く人間には反吐が出る。
他人の子供を攻撃の道具にするその愚劣さにうんざりする、
他人の子供を使って母親を攻撃することが「正義」か、その「正義」を書く事に「見せびらかし」の心はないのかしらね、
多分、ないんでしょう、自分がすることは常に「正しい」のだから。ああ、最悪。