はこ、届く。

昨日、小熊英二さんの「1968」が届く。わー、上巻だけで「民主と愛国」と同じくらいの分厚さだー!(涙)
小熊英二さんは思想史界の「京極夏彦」と呼ばれていないのかしら、、、私だけか、そんなことを考えるのは。
と、いうわけで、しばらく「小熊英二」三昧します、実は最近「ゲゲゲ」三昧をしていました、「シグマベスト」から逃げるために。
「ゲゲゲ」三昧とは「ゲゲゲの女房」を読むのからはじまって水木先生のお嬢さんが書かれたエッセイなど読みあさること、諸々、
「やはり水木先生はすごい」、表現者ってこういう人のことをいうんだろうな、「せずにはいられない」が表現者であると思う。
自分のナルシシズムを満足させるだけならば、何でもいいわけではないんじゃないか、などと、最近の経験から考えたのでした。
「せずにはいられない」は「理屈」ではない、小熊さんもこの「筺」状の本を書かざるをえない、「研究者」として、
と言うわけで、「プロフェッショナル」がなにをどう見たか、を真面目に読みます。
「せずにはいられない」の方向が表現者と、研究者は違うか。
研究者は常に「プロフェッショナル」であるか、私は最近、少々疑問に思うことがあったりして。
下巻を予約してね、ダーリン。
ところで、好きな作家じゃないが北村薫直木賞受賞、とっくの昔にもらって、選考委員をやってるんだと思ってた。