雑記。

きくちゆみ」なる人が9条支持者の中にいるそうで、どうやらこんな「とんでも」が9条支持者にいるから
9条支持者はみんな「とんでも」、とか言ってる人もいるらしい。
私はこのたび初めてこの「きくちゆみ」なる御仁の存在を知って、このひとが「ねいちゃあ」で「えころ」で「しぜんは」で
911いんぼうろん」も熱烈に支持されていると、「おやおや」、な、
昔、西原理恵子さんが書いていたように「転び左翼は「えころ」にはしる」のサンプルみたいな人だろうと勝手に思う。
私は「自然派」なんて聞くとトラウマから虫酸の走るたちではあるが9条支持者だったりする。
そしてこの「きくちゆみ」なる人が9条支持者であることをもある程度、理解する。
きくちゆみ」なるひとは「おみず」でしょーばいをしているらしく、そういう商売は「平和」でなければ成り立たないものね。
そしてその「みずしょーばい批判」も「平和」でなければ許されない、だから、やっぱり「平和」が一番。
こういうことを書くと「平和のために国を守らなければいけないのに、この平和ぼけ」なんて言われそうだが、
60年以上前に「アジアの平和を『守る』」とか言いながら原子爆弾を2コも落とされた国家があったので
はて、『守る』ってどういうことかしら、『守る』なんて言って実際守れたのは権力者の立場だけだったような
そういうことを多少は学習しているので、「国を守るために憲法改正を!」なんてのは、私にとっては「お花畑理論」、
この60年ほどミサイルが現実的に頭の上で炸裂したわけではないんでまだ「9条信仰」の方が現実的だな。
で、「きくちゆみ」的な「とんでも」発想は、どうしようもない戦時下でも確実に人の心をとらえるわけで
例えば「千人針」なんて、それをもってたからと言ってタマよけになるなんてことは絶対ないし、
でもそれをしないではいられない人の心を嗤うわけにもいかない、
この非科学的なものを批判することが当時は絶対出来なかっただろうから、
やはり「平和」を「きくちゆみ」的な人であっても支持してくれるのはよかったなあ、
「平和」は「とんでも」にも、その批判者にも、「平等」に恩恵を授けてくれますしね、お互い「平和」を支持しつつ、
とことんやり合っていただきたいものだと思うのですなあ。
私がネット上で見た限り、よほど自称中道派の方に「とんでも」率が高い気がするんですが、
この手の「9条支持なんて」と笑いたがる輩は「きくちゆみ」がいようがいまいが、考えに変わりはなさそうなんで、
それでも「平和」の恩恵を受けているわけで、それがわからない人間に、9条支持を求めるのは無理だろうな、と思うのでした。
ところで青学の先生を糾弾している人がネットに多いようだが、
青学に子供を通わせている人だとか教えてもらってる学生とかは騒いでるのかな?
私は遠いところの縁もゆかりもない学校の先生が何を言おうが別にそこの学生達がかまわないんだったらいいんじゃないか、
端からごちゃごちゃ言うべきじゃない、と思うなあ。学生を「洗脳している!」とか言うのなら別かもしれないが。
青学に何ら関係のなさそうな人たちが、また特別奇妙な意見を言ってるわけでもない人のコメント欄にまで
侵入しているのを見てうんざりする。「良識」って他人のコメント欄で不必要に騒ぐことじゃないんですがね。
変な人はどこにでもいる、っておちです、はい。