体罰を思う。

体罰はあって当然」と考える人を「体罰」で「矯正」することは出来るのかな?といつも思う。
私も母親から体罰をされたので、大人になっても体罰はある程度仕方がないのかも、と考えていたんで、
今では、やはり体罰はよくない、と思っている。
どういう体罰だったかを記録するのは母が気の毒なのでしない、ただ、成人するまで、私はそのことが痛かった。
大人になって、ふと父親に何故あんな体罰を母はしたのか、と聞くと父は、
「同じことを子供の頃、他人からされたことがあったからだ」と、
母は戦争で父親を亡くしていて、祖母1人に育てられた、とはいうものの、親戚に預けられたりして、
そこで体罰をされたことがあるらしい。体罰、と言うより「折檻」だったようだ、やる方は「矯正」と信じている。
「養ってやっているんだから、これは当然のことだ」と、立場の弱いものをうつ、なんだか目に見えるようだ。
「おまえは母親だったからまだマシだ」というようなことを父はちらっと言った。
父も生まれる前に父親を亡くして、あちこち預けられて同じような「折檻」を受けて育った人だから、
母のその痛みをよく知っている、でも父は一度として私の兄弟に手をあげたことがない。
直接、私たち兄弟を育ててくれた父方の祖母も私たちを叩く、と言うことは全くしなかった。
父は自分がされて嫌だったことは決して私たち子供にはしなかった、このことを私は深く感謝している。
先日亡くなった伯父がやはり子供に手をあげる人で、一時期、ひどかったこともある。
父が言うのに、私の母が受けたよりももっとすさまじい「折檻」を受けて育ったのだ、と
男だから、しかも並みはずれて頭のいい子供だった伯父は、人には言えないような痛みを子供時代に我慢させられたはずだ、と、
その伯父と一番年の近い母は兄妹2人で、痛みをずっと抱えてきたんだろうな。
伯父が夏に亡くなったとき、母が声を上げて泣いて、私はなんにも言えなかった。
深い、強い絆が失われたことに、なにも出来ない。私たち兄弟の絆以上のものがあったのはわかった。
なんにしても、体罰はよくない、私も子供に手をあげたことがある、これは「連鎖」だと自分でわかった。
たとえ、それが危険をもっとも手っ取り早く教えることであっても、よくなかった、とずっと思っている。
体罰を思いついたのは、やはり私が体罰をされたことがあったからだと思う。
痛みの継承を断つことは、出来るんじゃないか。少なくとも実家の父はそうしてくれた。
他の点では色々問題の多い人ではあるが、このことだけはずっと覚えておく。
母達が他人からの「折檻」を受けいれなければならない状態においやられたのは当然、あの「戦争」のためだ。
「希望は戦争」か、彼の家に戦争犠牲者はいなかったのかな。
たとえその言葉が「レトリック」に過ぎなくても私は受け入れようとは思わない。
戦争は世界に対する激烈な「折檻」でしかないないのに、それがわからない、
その不幸が「自己責任」と言われても仕方がないほど愚かしい。
あの短絡的な発想は先日起こった佐世保の銃乱射事件の自殺した身勝手な犯人と重なる。
事件の被害者は、亡くなった方だけではない、プールから出て先生と逃げまどって、
目の前でその先生が無惨に殺されてしまうのを見てしまった子供達の心は長く痛むんじゃないか。
痛みを覚えずに再び水に入ることが出来るのか、それは決して小さな傷ではない。
体罰を肯定する人は戦争を肯定する人、ひいては悲惨な事件の後で残された人たちのことを全く考えない、
思いやりのない人に私には思える。その「欠落」を、自分が肯定する「体罰」でうめることは出来るのかな?
やはりそんなことを考えてしまう。
ところで、下の子の担任の「ウヨク先生」が満州国設立の後の国際連盟脱退を
「日本は濡れ衣を着せられて抗議のために脱退した」みたいな説明をしたようで、頭を抱える。
問題集の答えは間違ってるんじゃないか、と言い出されて、真剣に子供を怒ってしまった。
とほほほほほ、、、、、(エンドレス)