「お休み」出来ませんでした、、(涙)

出かける予定が実家の母親が体調を崩して父親が不安がるので待機中、とほほ。
機会があるときにあちこちの地方都市に遊びに行くが私は東京が一番苦手だ。
どうも地方の自覚のない地方というか、基本的にコネクションがあればどこの扉も簡単に開くところなんか
どこともそれほど変わらないくせに、それを知らない人間が多すぎるような気がする。(しらないふりしてるだけ?)
私はコネクションを手に入れるのがそれほど難しいことだとは思わない、本人の努力で何とかなる。
(と、思う。)他人に信頼されるすべを少々身につけておけばどんなときでも何とかなるように思うが
まあ、よく考えてみればそう言う厚かましさがある種の地方の人には欠けているかな。
なんにしても東京はどこかいびつで、この都市の常識を日本全体に広げられるのは迷惑に感じる。
渋谷に住む身内が何故越境入学が必要とされるのか、
結局住むところによって、その教育も限定されてしまうからだ、と言う。
年収に応じて住むところもほぼ決まり、環境も決まってしまう。似たような人間が量産される。
それを拒否したい人間にとっては苦痛だと、たとえば杉並区は非常に公立校の評判もいいそうだ。
(しかしこの身内は子供をとっくの昔に私立に行かせてるんで、実際は知らない)
杉並区は公務員住宅が多く、地方の公務員家庭の子供達が学校に通う、
また杉並に住める住人のレベルは低くない(らしい)。
だから別の区から見れば公立中学も落ち着いているんだそう、そこに行きたがる人たちがいるのは理解できる、と言う。
地方で東京勤務が出来るような公務員のご家庭とはかなり限定されるから、
いわば「ええとこの人」達が杉並には全国から集まると言うことなんだろう、
これがいいのか悪いのか、私にはわからないんだけど。
こういうことを全国に広げて教育改革、と称されるのはどうもな。
身内は世田谷の一戸建てを買うよりも渋谷のマンションを買うことにした。
世田谷に住めば同じような学歴同じような年収同じような職種、の人間ばかりになりそうでうんざりした、と、
言われてみれば、身内の住むマンションはだらだら歩けばよくテレビに映る渋谷の交差点に出られるのに
ひょこっと入れば畑や、セキュリティー万全のヘリコプターが止まるようなお屋敷もあったりする。
良くも悪くも雑然として、私にも何となく身内がここに住むことにした理由がわかる。
いかにものお屋敷町に住む別の親戚もいるのでそこにも遊びに行くが
ずっといるとそこの常識がすべて全体の常識に思われてくるのがなんとも窮屈だ。
つい、つっこみを入れたくなる、なんでだろうな。
何のかんの言って、親戚の半分以上は東京に住んでいるので苦手だ、とか言うのはなんなんだが。
と、まあ遊びに行けない愚痴をだらだら書いてみることにして。
実家の母親は、実の兄が亡くなったことに非常にショックを受けているので精神的な過労も重なってると思う。
父親は母がそういう状態になると全く機能不全となる。厚かましい娘がなんとかせんと。
朝から、あちこちから電話がかかってきてほんまにとほほ。結局、東京住まいがうらやましいだけかいっ!