コメント欄、御礼。

コメント欄に書き込んでくれた皆さん、どうもありがとうございます。
反意を示した方にもまた多分同意(?)を示して下さった方にも同様のお礼を申し上げます。
私自身はこのような黒い心を垂れ流すブログの人間がよそ様のコメント欄を汚したり
トラックバックしたりは慎むべきだとそれがネットの虚空で罵詈雑言を放つものの
最低限のマナーと思っておりますのですみません、この先もそのポリシーは変えません。
ただ、検索を辿ってどのような人であれこんな意見もあると見るのはなんらかの役に立つのではと思うし、
またそれを見て不愉快になられる方がそれを示すのは当然の権利とも思うので
コメント欄は空けてあります。
自分で読んでてどれくらい自分の言ってる事が自分の意図するところまで表現出来ているのか
はなはだ不安ではありますがそうした批判も甘んじて受けようとは思います。
プチブル」と言う言葉が日本ではどの程度のエリアの人間にあてはまるのか、
「大金は持ってないけど小金にはとりあえず不自由しない」がその範疇なら私は多分「プチブル
かもしれません、(でもこれは自分が当然必要とする生活の金額がどの程度かで大きく違うと思います)
また、今の日本で自分を金持ちだと思えてるのは多分国立の某所に監禁されているあの哀れなホリエモン
夢の中だけではないかと思われます。(ちなみにホリエモンは好きです、フルーチェ女(?)より
「品」があると思います)フルーチェが好きか嫌いか、それも個人の趣味ですし、これだけ私が
フルーチェを馬鹿にしてるのにそれを「好きだ」とかけるのはすごい事だと尊敬もします。
私はまあ、電波に侵された人間のたわごとと思われてもいいんですがかの「フルーチェ」は
どう考えても実在人物には思えないのです。ある種の真実は含まれてるにしても本人が示すような
「育ちのいい若い女性」像ははっきり嘘でしょう。これは「フルーチェ」だけではなく
いくらでも指摘出来ます。ま、ネットの虚空に何を書こうと自由です。
今回のようにその妄想を町山さんのように実生活も逃げようなく晒している人にぶつけさえしなければ
許される事でしょう。ただ、まわりの反応がおかしいんじゃないか、
こんな「町山さんってコラムニスト?」みたいな下手な愚弄をする人間の書く事に1分の正当性が
認められるか私には疑問に思えます。(「フルーチェ」が町山さんを知らなかったなんて読んでて
あり得たと思いますか?正直、彼女は私より町山さんのプロフィールに詳しいと思います、
「ネットで調べた」みたいに臭わしてるとこもありますがなんでそこまでするねん、って突っ込めます、
フリーランスの仕事で海外、国外飛び回るリッチな若い既婚女性」が)
例え彼女の書く事全てに嘘がなかったとして、パリ本店の「アランデュカス」で食事しても
家でなにげに「フルーチェ」を食べるようでは「ホテルルワンダ」見たってその映画の訴えを
受け止める事のできない感性が欠落した人間だと指摘されるわけです。
私はあれだけ巧妙に町山さんを嘲弄できる人間の「育ち」が本当によければそうした「穴」に
気がつくと思います。みんなが読んでるのは承知の上で「フルーチェ」を出すのはあまりにお粗末です。
そうした点を無視して町山さんの例えは間違ってるのどうのと言うのはやはりおかしいでしょう。
「ネット内妄想人間」対「実在の人物」はあまりに茶番です。ネットではなんにでも誰にでもなれます。
荒れたコメント欄では明らかに「春先のビリーミリガン」が季節を超えて存在します。
まず、町山さんは責められるに値しない、多少考え無しであっても彼は自分に忠実だと、
言えるのではないでしょうか。私はそう主張したいのです。
ところで私に「なんでお前はフルーチェがビンボ臭い味って知ってるねん」
と言う突っ込みはなかったですね。「私もビンボ臭いからじゃー!」とたかじんさん風にしめられますが、
あえてちゃんと書けば毎年学習能力のない娘達がTVコマーシャルを見てねだり、毎年「あー失敗したー」
となるのです。我が家の哀しい「季節の味」なのです、、
子供達は「作る」のは好きです、ハウスさん、それで許してね!