働くむすめ。

上の娘が社会人になってもう5年目、

最近夫婦別姓について話して

娘曰く「もう私はこの名前で仕事をしてきて人にも知られてるから

これを「リセット」するのはものすごく抵抗がある」

「今までこの名前で培ってきた信用をまた一からはじめるのは納得できない」

と、これが「仕事を続ける」をしてきた娘の大切な部分なんだと感心した。

私にはなかったな、その発想は。

いわゆる「寿退社」に近い形で結婚しているので

結婚がリセットになってそれ以降「奥様業」は当たり前だが新姓だ。

マイダーリンに言うともう職場でもいわゆる「通名」として結婚前の姓を使うのは

許されているようで、それも出来るか、と、

でも娘はどう考えているか、現在院生2年の下の娘にそれを言うと

「確かに。私も今の名前で検索したら私が書いた論文が出てくるから、

この先もし研究者として残るつもりだとリセットは辛いと思う」と、

おばはんは暇な人間なので娘の名前で検索すると出てきたわ、研究論文。

うぉおぉおぉ、、、と感激する母ちゃん。

ちなみにローマ字検索のほうがたくさん出て来る。うおぉぉぉぉ、、エンドレス。

それはともかく、「この名前で仕事をしてきた」の意識の高さに

もう私にはないものを、おそらく私には一生手に入らないものを

娘は持っているのだな、と感心したのでした。

ちなみに来年社会人となる下の娘は

「私が働かないのは国家の損失だから」とまで言う。

レアアース並みに稀少な存在なのでなあ。

それでもキャリア形成は大分上の娘とは違ったものになりそうな。

文系と理系とではすすむ道が大分変わるもんだ。

なんにしてもマイダーリン自慢の娘たちは素晴らしい人間に育ったな、

マイダーリンは自分の子供たちには自分とは違う道をそれぞれ歩んで欲しがったので

案外子供は親の意向に沿うものかと最近思うようになった。

二人とも親とは全然別のジャンルを選んでいるので立派だ。

私も立派な家庭人になろうと思うのであった。終わり。