はてな定義の「底辺」とは、

「貧乏人」ってことらしい。なるほど。地方や公立校が叩かれるわけだわ。
「大都会・東京に住んでる俺、偉い!」「私立出身のあたし、頭いい!」のシンプルな人生信条っていいわよね、、、(涙)
私もそういう人間でありたかったわ。(うそです)
先日から取り上げた二つの炎上(?)ブログは要約すれば
「貧乏人とは口を利いてはいけません!」と「貧乏人はかわいそうなんだから、哀れんであげましょうよ」ってところか。
やっぱり、後者のほうにむかつくな、「貧乏人とは口を利くな」は「あなたと口をきかないでいられるのは大いに結構」で済ませるが
「貧乏人はどんなに努力しても私たちと違って劣った人たちだから、かわいそう」とされると、
反発しても「貧乏人だから、お気の毒」と、要は「人間」扱いされないわけだから、無力感に襲われるな。
これが「レッテル張り」の恐ろしさか。
本質的には「階層がある」を認めるのは人間として情けない話でしかないのだが、はてなの人のいい皆様方はどこまでそれに気がついているのやら。
私は、娘から大学の同期には「割れた窓ガラスを観たことがない人がほとんどだ」と聞いたとき、哀しみを感じた。
おそらく、彼らを育てた私と同世代の親たちも、「割れた窓ガラス」を知らないで育っている。
それが厳然たる「階層・階級」で、階層を認めてきた英国が今どのような状態に陥っているか、
国難に接したとき、上階層のエリートたちは「逃げる」ことしか出来ないのが、よくわかる。
英国では叩き上げの女性が政治的中心となっているようで、責任を取る、がわかっているのは結局「底辺」か、
都合の悪いことは下層民に押し付けるのが「上層」かと思うと、私は「底辺」でもいいや、と思う。
いまだはてなのトップにその記事が晒され続けている彼女のブログ記事の不可思議にもう少し触れれば、
彼女が触ったものすら忌む同級生たちばかりの成人式で、どうやって欠席者がいることを知り、その欠席者が少年院入りしたのを知ったのか、
彼女の「毒親」が彼女に教えたのか?
基本的に少年院は被害者に障害を残すほどの暴行事件でも起こさない限り、入ることはまれと考えるのが本物の底辺育ちで
彼女はそういうことを知らない「自称・底辺育ち」なのだよね、うちの娘たちは残念ながら知ってるわ、同級生にいるからね。
世の中には「私しか正義の人間が存在しなかった場所!」があると思われているようだが、それは幻想の中にしか存在しない。
私が知る限り、低所得者向け住宅のそばには必ず国家公務員宿舎があったりして、
日本はとりあえず、階層を否定する方向でがんばっているんじゃないかな。日本にスラムはまだないよ。
ただ、窓ガラスが割れることを知らない人たちがちょっと柄の悪いところを観ることになって衝撃を受け、
それを不必要なまでに煽る人間が周囲にいたとしたら、最終的にスラムは存在するようになるかもしれない。
本当の底辺を作るのは実は底辺を知らない人たちだという話をここに残す。