おきものがたり。(その7・おしまい)

展示会ではじめにわたしたちを出迎えたのは若い女の子だったものの、会場に案内されたとたん、飛ぶようにやってきたのが
「昭和のころから二十歳の着物を選んで何十年」なばあちゃん販売員。
元気いっぱいで若く見えるものの、おそらくは70歳前後、
最近、年寄りとつき合う機会が増えたから、確実にばあちゃんたちの年齢を把握できるようになったわぁ、
本来とっくに辞めてなきゃいけないような年齢なのに「現役販売員」(あとで知ったが「支店長」でもある)なのは、
よほど販売実績がいいということだ、こういう人に捕まったが最後、まず「契約成立」無しに離れることは不可能。
しかし、ただ闇雲に押しつけるだけでは「トップセールスウーマン」にはなれないし、こんなに長く働き続けることは出来ない。
振り袖や二十歳の女の子の「扱い」にたけているのは確実。
とりあえず、「地色が赤のお着物」を数枚出してもらったが、相変わらず娘にピンと来るものはない。
ますますふくれっ面になる娘と困り果てる私をばあちゃん販売員は見比べて「地色はどうしても赤がよろしいんでございますか?」
この子がいいというので、と私が言うと娘の方に向き直って
「お嬢さん、ちょっと別の地色のものも見てみましょうか、確かに赤のお着物はここ数年の流行りなんですけど、「ありふれている」んですよ、
成人式会場でも似たようなお着物ばかりの人になりますしねえ、、」
「お嬢さんみたいに、小柄でかわいらしいお顔立ちの方はもっと柔らかい色を選ばれた方がいいんですよ、
淡い色の方がずっと上品で、お嬢さんの印象にぴったり!色白のきれいなお肌の方でなければ淡い色の着物は似合いません」
どうよ、このセリフ、私はぐっと来たわぁ、もちろん、娘の心も鷲掴み。いやー、こういう人に子育てを教わりたかった。(なんのこっちゃ)
「薄いお色の中では何色がお好き?」とたずねられ娘は「水色」と、水色地の華やかな振り袖がもたらされ着付けると、あら不思議
今まで着てみた赤の着物より遙かにしっくり来る。ただその着物は柄行きが娘曰く「まるで昭和の売れない演歌歌手」、
あんた昭和の演歌歌手なんて知らんやんけ、でも、言われたらそうとしか見えなくなるので、却下、
ただ、「地色を淡いものに変える」はいいアドバイスで、その後ひよこ色や薄緑色、どれをあててみても「赤」よりは顔映りがいい。
いろいろ楽しんで見るうち「これはとっておき」と見せられたのが桜色地にこった柄行きの華やかな一枚。
「これは今回イチオシの新作で、昨日入ってきたばかり、柄の入れ方も素晴らしいんですよ」と、
娘が言うには、会場に入った瞬間に目に入って気になっていたとのこと、
でもあまりにも豪華で、しかも「ピンク」でちょっと恥ずかしいかも、そこでばあちゃんは張り切って、
「今、ピンクを着ないでどうするんですか、お嬢さん。こんなにきれいな色を着られるのは「今」だけ!
若いうちにこういうものを着ておかないと、年をとってからは絶対着られませんよ、これは絶対お嬢さまに似合う!
騙されたと思ってちょっと着付けてみてください」と大演説。
これにあわせてわざわざ作らせたと言う絢爛豪華な金糸の帯も。あまりにきらきらすぎて、文様がわからなかったわ。
さて、結果から先に言うと、これに決まりました。一番似合ってもいたし、本人も私も「これだー!」と思ったし。
ただ、絢爛豪華な素晴らしいお着物のお値段は目から涙と共に目玉おやじが飛び出すほどお高うございました。
その値段をここに書く勇気は私にはありません。ちなみにそれは「レンタル料金」です。ちょっとした「付下げ」なら1枚買える値段です。
一応「セット価格」ってのはあるんですが、「帯締めはこれが」「帯揚げも気に入ったものじゃなければねえ、、」とどんどん高くなり、
ばあちゃん販売員に私はさんざんやられました、むしり取られました、負けました、、、
でも、それを買わずにすんだのは、「今しか着られない」を強烈に刷り込まれた娘が、「じゃあ、卒業式の時にはもう着られなくなってるでしょ」と
「英断」を下したおかげで、「そのときに似合う着物を着るにはレンタルが一番!」、賢い娘でよかったわぁ、、
帰ってくるとき娘はニコニコでした。おしまい。
さて、デジカメで簡単に着付けたお姉ちゃんの写真を何枚か見た下の娘は、決まる前は「お姉ちゃんが買った着物を私が着るの?」とさんざん言ってたくせに
「お姉ちゃんが借りたんだったら、私も借りなきゃいけないの?買ってもらえないの?」
「おきものがたり」はおそらく3年後に「帰ってきたおきものがたり」として記録される予定。